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 駿府城跡
駿府城跡 7月中旬、所用で初めて静岡市を訪れました。泊まったホテルの近くに駿府城址があるのを知り、仕事の後、行ってみました。
徳川家康は、天下平定後の1605年、将軍職を息子の秀忠に譲り、大改築した駿府城に住み着きました。引退したといっても家康は大御所として天下ににらみをきませました。

駿府城跡 泊まったホテルで教わった城址の方向にしばらく歩くと、二宮尊徳の石像を見つけました。
二宮尊徳は江戸時代18世紀末の思想家で、現在の小田原の近くに生まれました。
少年時代は薪を背負いながら本を読んで歩いたとされ、昔はその姿の石像が小学校に立っていました。

 大御所徳川家康の隠居城だった駿府城は、家康没後の1635年に落雷により火災が発生し、天守閣、本丸御殿など大部分が焼失しました。

平成になってから、城郭の一部「巽櫓(たつみやぐら)」と「東御門」が寛永年間の様式で復元されたということです。
近寄ると、城楼はしっかりとした石垣の上に建てられており、その下には幅広い立派なお堀がめぐらされていました。

駿府城跡

駿府城跡 駿府城跡の石垣の外側は、青い水を湛えた中堀がめぐらされています。
平成14年に、この中堀に沿い城跡を周遊する歩道が開設され、「家康公の散歩道」と名づけられました。
「家康公の散歩道」には駿府城の石を活用した縁石、常夜灯、ガス燈などが設けられており、夜も散歩できるそうです。

 その遊歩道の中に「東海道中膝栗毛」の弥次さん喜多さんの銅像が立っていました。江戸時代の滑稽本「東海道中膝栗毛」の作者十返舎一九は、府中(現在の静岡市)で下級武士の子として生まれたそうです。

「東海道中膝栗毛」の作中では、江戸神田の町人弥次郎兵衛は、食客であった喜多八をつれて当時盛んだった伊勢神宮参りのために上方に旅立ちました。
その途中で、この府中(現在の静岡市)に宿泊したという設定になっているということです。この滑稽本は思いもかけずに空前の大ヒットとなり、パート2がつくられたそうです。

駿府城跡


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(2018/07/13(金) 07:39)

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