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 春日局の墓 (2)
春日局の墓 庭園風の造りになっている境内を少し歩いて行くと、銅葺き屋根の鐘楼が見えました。時代が付いた梵鐘が吊り下がっています。

世田谷に曹洞宗の古刹豪徳寺がありますが、そこの鐘楼とよく似た造りです。これも、このお寺が春日局の隠居所として創建された江戸初期のものでしょうか。

春日局の墓 その鐘楼の近くに小さな門があって、周りには板塀が回らされてありました。
門は閉まっていて中には入れませんでしたが、板塀越しにのぞくと大きな古いお堂がありました。
これが麟祥院の本堂のようで、春日局は50歳を過ぎたころここに隠居し、晩年を過ごしたのでしょう。

春日局の墓 境内に「春日局の墓はこちら」という案内板がありました。それをたどって行くと、奥に石の柵に囲まれた大きな墓がありました。
墓の門扉の左側には徳川家の三つ葉葵の紋章がついていました。門扉の右側には横三本の紋章がありましたが、これは福が将軍家光の乳母になる前に嫁いだ稲葉家の家紋だそうです。

春日局の墓 春日局の墓石は、左の写真のように無縫塔と呼ばれる上部が少し太く作られた円柱状のものです。
その無縫塔の上部と塔の下の基部には、四方に貫通した穴が設けられていました。これは、春日局の「死後も黄泉(よみ)の国から天下の政道を見通せるようにしたい」という遺言によるものだそうです。

春日局の墓 大奥の制度を確立した福は、50歳のときには朝廷から春日局の院号を賜りました。将軍乳母としては異例の栄誉とさわれます。
文京区の「春日」は、もと春日局が将軍家光から拝領した土地でした。その春日にある礫川(れきせん)公園には、凛とした姿の春日局像が立てられています(左の写真)。

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(2018/03/09(金) 07:50)

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