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 Windows10の電子メール
 インターネットを通じて特定の相手と直接メッセージを交換できる電子メールは、現在では私どもの生活に必須の通信手段になっています。

電子メールというのは、少し大げさな言い方をすれば、文明発祥以来数千年の人類の知恵が結集された情報交換手段です。

その電子メールのシステムは、レイ・トムリンソンという米国人プログラマーが発明したということです。

電子メールは、下図に示すように、ネットワーク内のコンピュータが自分が登録してあるメールサーバーを経由して他のコンピュータとメッセージを交換する仕組みになっています。

トムリンソンさんは、1971年に、個々のコンピュータの名前とメールサーバーの名前を「アットマーク」"@"で連結した「電子メールアドレス」を利用して通信する方法を考案しました。

この方式は、インターネットの原型となった米国防高等研究計画局のネットワーク「アーパネット」に採用され、すぐに世界中のネットワーク利用者によって使われるようになりました。

電子メール

電子メール 現在ではインターネットプロバイダや勤務先・通学先の企業・学校などに多数のメールサーバーが設置されており、利用者は自分のパソコンをそれらのメールサーバーに登録することで簡単に電子メールを利用できるようになりました。

 パソコンのOSがWindows7になってから、パソコンユーザーがその電子メールを利用するためのプログラム(電子メールクライアント)がOSには添付されなくなりました。

私はその時期からマイクロソフト社以外の団体によって開発された独立の電子メールクライアントを利用するようになりました。それらをいくつか試したのち、最終的には主に"Thunderbird"という電子メールクライアントを利用するようになりました(下図)。

電子メール

 さて、私どもは2016年にマイクロソフト社の無料アップグレードサービスを利用して、パソコンのOSをWindows7からWindows10に変更しました。

Windows10ではスタート時に下図の画面が表示され、電子メールクライアントのメニューが利用できるようになっています。

しかし、このプログラムは、利用者が持っている複数の電子メールクライアントやそれらで使っているメールアドレスなどを一元管理するのが主たる目的のようで、私どもが毎日のメール作業に使うにはやや使いにくいように思われました。

そこで、私は、OSをWindows7からWindows10に変更したのちも、これまでWindows7で使ってきた電子メールクライアント"Thunderbird"を主として使うことにしました。

インターネットの記事などを読むと、私と同じようにWindows10で"Thunderbird"など独立の電子メールクライアントを利用している人が多いようです、

電子メール


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(2019/04/29(月) 07:01)

 マドリード・プラド通り
 マドリードの交通基点プエルタ・デル・ソルから東に向かうマヨール通りに入り、美術館のあるプラド通りに向かって歩き始めました。

大通りの左側に荘重な石柱のファサードをもつ大きな建物が見えてきました。「連邦政府庁舎」というもので、入口は銃をもった兵士がガードを固めていました。

王宮の近くにある王立劇場と同じころに建てられたもので、19世紀の 「マドリード・ロマン派様式」 の建築だそうです。

プラド大通り

 連邦政府庁舎の前を通ってマヨール通りの緩やかな下り坂を歩いて行くと、遠くに広い緑地帯のある大通りが見えてきました、これがマドリードの中央部東側を南北に縦貫するプラド通りです。

連邦政府庁舎から下がってきてプラド通りに出たところは、大きなロータリーのある広場になっています。

このあたりでプラド通りの緑地帯の幅はもっとも広くなっているようで、見上げるような高い落葉樹が生い茂った見事な林が形成されています。その深い林のなかに、自動車が盛んに行き交っています。

プラド大通り

 見事な緑地帯に感嘆しましたが、自動車の交通量がマドリードとは桁違いに多い東京では、幹線道路にこのような大きな緑地帯を設けるのは難しいと思いました。

緑地帯の中には、下の写真のように私どもが知っている有名なスペイン絵画のパネルが多数掲示されていました。

プラド大通り

 プラド通りのプラド美術館に行く方向とは反対側、北側を見ると、下の写真のように両側に高さ20mほどの巨樹が立ち並ぶ大通りになっていました。

大通りの中には高い金属製のポールがたくさん立っています(下の写真)。祝日の際にはこれらのポールに旗やバナーが掲げられるのでしょうか。

プラド大通り

 私どもは、プラド美術館の開館時刻9時に間に合うように緑地帯を歩いています。この時間だと、宵っ張りのマドリード市民はまだあまり動いていないのか、緑地帯のなかは人通りが少なく、小鳥のさえずりが盛んに聞えます。林の中にリスも少し見かけました。

アメリカ・ニューヨークのマンハッタンにはパークアベニューという通りがありますが、このプラド通りのように立派な緑地帯はありません。

プラド大通り


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(2019/04/27(土) 06:45)

 乾電池で携帯電話
 2016年4月14日、熊本県で最大震度7の地震が発生しました。大地震によって亡くなられた方々に、深くお悔やみを申し上げます。

大地震の際には、家屋が倒壊したり電柱が倒れたりして加入者電話線が利用不可能になることも多いものです。そのような際には、携帯電話が頼みの綱になります。

しかし、その地区の携帯基地局が正常に機能していても、災害で停電になり、携帯電話の電池が充電できなくなれば、以降は携帯電話が利用できなくなります。

池で携帯電話 そこで、最近は乾電池などを使って携帯電話機の内蔵電池を充電したり、内蔵電池の充電量減少をある程度補填する外部電源が登場しました。
最近広く使われているスマートフォンは、従来の携帯電話機より多くの電力を消費するので、単三乾電池を4本使用する外部電源が多く販売されています(左の写真)。

池で携帯電話 しかし、上記の普通の乾電池を利用する方式は、乾電池を使い捨てにするので高くつきます。
そこで、最近は単三乾電池の代わりに単三型ニッケル水素充電池を4本使った外部電源が次第に普及してきました。
自宅で充電池を充電しておいてからスマホとともに携行し、スマホの電池を補うようにします。

池で携帯電話 歩きスマホなどでスマートフォンを長時間にわたって使う人が多くなりましたが、そのようなユーザーには大型の外部電源が欲しくなります。
最近は、リチウムイオン充電池を利用した大容量のスマートフォン用外部電源が盛んに販売されています。営業マンなど仕事でスマートフォンを頻繁に使う人は、このような外部電源が役に立つでしょう。

 通常の単三乾電池を使用する方式は、利用コストが高くつくのが難点ですが、どこにいってもコンビニなどで乾電池を簡単に入手できるのが最大のメリットです。

最近のスマホ用外部電源は、下図のように細いUSBケーブルで携帯電話機の端子に接続するものが大多数です。

このタイプは、外部電源を接続したままで携帯電話機を手に持って通話することもできるので使いやすいと思います。
池で携帯電話


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(2019/04/25(木) 06:48)

 北野天満宮 (3)
 今年3月の下旬、京都北西にある北野天満宮を訪れました。菅原道真公は九州大宰府に左遷され、その地で没しましたが、その後、朝廷により道真公の霊を鎮めるため北野天満宮が造営されました。

現在では、北野天満宮は全国に一万以上あるとされる天満宮の元締め的存在になっています。

市バスで北野天満宮前で降りて天満宮の大鳥居をくぐり、巨大な楼門を通って境内に入りました。

北野天満宮 この神社は、本殿が国宝として認定されているほか、透塀や後門は重要文化財となっています。

楼門の内側には遅咲きの紅梅が満開の花をつけていました。

北野天満宮の境内では、春には50種類もの梅(約1,500本)が咲き、秋口から冬にかけては紅葉も楽しめます。

北野天満宮 北野天満宮の境内には、50を超える支社・末社が置かれています。
青銅で張った鳥居の奥に、歴史を感じさせる神社がありました。
「稲荷神社」 とよばれるもので、五穀(米・麦・粟・豆・稗)豊穣をつかさどり、また商売繁盛の守護神としても有名だそうです。その近くには、遅咲きのピンクの梅が花盛りでした。

北野天満宮 昔この地で大火があったとき、当稲荷神社の手前で鎮火したとのことで、「火除け稲荷」 として信仰されています。
稲荷神社の隣には、竈社(かまどしゃ)という神社があります。家庭の守護神の神様と火を司る神様を祀っており、台所の守り神として信仰されています。竈社は、6月17日に例祭が行われます。

北野天満宮 その先に、3重になった朱塗りの鳥居が見えました。この神社は菅原道真公ゆかりの石造臥牛像がご神体となっていて、「牛社」、「お牛さん」と呼ばれています。
牛社の背後を囲むように「絵馬掛所」が設けられています。受験のシーズンには、ここは学問の神様に祈り、絵馬を奉納する人でにぎわいます。

北野天満宮 左の写真の末社は宗像社(むなかたしゃ)とよばれます。交通、海上運輸の安全をつかさどる「宗像の三女神」が祭られています。三神は、海運の難所といわれた玄界灘の陸地と沖合の二島に祀られていましたが、その後この北野天満宮に移されました。
海運業、運送業などの厚い信仰の対象となり、参拝者がたえません。


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(2019/04/23(火) 06:56)

 食料の備蓄
 2016年4月14日、熊本県で最大震度7の地震が起こり、大きな災害が発生しました。この大地震によって亡くなられた方々に、深くお悔やみを申し上げます。

私どもは、このような大災害に備えて飲料水とともに最低限の非常食を確保・備蓄しなければならないでしょう。

乾パン 備蓄食というと、私はまず乾パンを思い浮かべます。乾パンは水分が少ないので、缶詰では5年、袋詰めでも1年はもつそうです。
しかし、なにしろうまいものではないので、備蓄して賞味期限がきたら廃棄するほかありません。煮て食べることもできると聞いたことはありますが・・・・・・・。

パックご飯 スーパーなどで、左の写真のパック詰め米飯を安く販売しています。
原料としていい米を使った製品はまずまずの味なので、私どもはよく買って食べています。
調べると、この製品は製造後半年間保存できるのがわかりました。電子レンジで加熱して食しますが、停電時はお湯でしばらく煮ると食べることができます。

うどん うどんの乾麺は、たいてい1年間くらいは保存できるということです。私どもは麺類が好きでよく食べるので、大変心強く思います。
少しまとめて備蓄しようと思い、どの製品がよいかスーパーなどで売っている製品を少しづつ買っては味を試しました。
太い麺はうでるのに長時間を要するので、やや細めの麺を選びました。

そば そばの乾麺も、うどんと同じく1年間くらいは保存できるそうです。
そばも美味しいので私どもはよく食べます。
そこで、少しずつ買って常に20本ほどは備蓄しています。

そばの乾麺は概してうどんの乾麺より長いうで時間が必要です。袋に記載してあるうで時間が短いものを選びましょう。

そうめん 同じ乾麺でも、そうめんはなんと2年間くらいは保存できるということです。なぜ長期間の保存ができるのかわかりませんが、私どもはそうめんも大好きなので、有難く思います。
そうめんは短時間でうでられるので災害時の非常食として適しています。


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(2019/04/21(日) 06:54)

 伊豆の踊り子 (2)
 伊豆・天城の名勝河津七滝は、河津川が天城山中を1.5kmにわたって流れ下る渓谷に形成されています。

その間、河津川には周囲の山々から支流や谷川がいくつも合流し、河の水量は次第に多くなります。

七滝のうち上から4番目の初景滝の下では、河津川は下の写真のようにかなりの水量となり、やや平坦になった川床の巨石を洗うように音をたてて流れ下っていました。

初景滝

初景滝 初景滝の滝つぼから200mほど河津川に沿って降りると、左の写真の石像がありました。
1926年に発表された川端康成の短編小説 『伊豆の踊り子』 で、主人公「私」が旅芸人一座の踊り子とともに河津七滝を歩き下った様子を彫刻したものです。
その横に小さな金属のプレートがありました。

初景滝 これまでに制作された「伊豆の踊り子」映画での主演者のリストです。この作品が、発表以来多数の読者の共感を得てきたのがわかります。

リストの前には観光客が多数きて話し合っていましたが、一番人気は山口百恵・三浦友和が主演した映画のようでした。

 その山口百恵・三浦友和の映画は昭和49年封切りですが、それ以降は「伊豆の踊り子」は映画化されていないようです。

上記プレートが置かれた場所からさらに200mほども渓流沿いに下ると、渓谷の木々の間に赤い大きな橋が渓谷をまたいでかかっているのが見えてきました(下の写真)。

松本清張の短編小説 『天城越え』 も、このあたりの天城山中を舞台としています。この短編小説は1983年に田中裕子さん主演で映画化されましたが、その中で河津川の渓谷にかかる赤い橋が画面に出てきました。それが、この橋なのでしょう。

初景滝

 さらに山道を下って行くと、その赤い橋の横に出ました。橋のたもとの石柱には、「初景橋」と刻まれてありました。

この橋の上からは、河津川の渓谷の景観が両側に遠くまで見通せるということで、観光客に人気のスポットになっているそうです。橋のたもとには売店が数軒あり、少し離れたところには旅館もあるそうです。

初景滝


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(2019/04/19(金) 06:56)

 馬事公苑のリニューアル
 世田谷区にある馬事公苑は、1964年に前回の東京オリンピックで馬術競技が行なわれた場所で、以来、馬の公園として広く親しまれてきました。

現在その馬事公苑では、一年あまり先に迫った2020年東京オリンピックに向けて大規模なリニューアル工事をしており、一般者は立ち入りができなくなっています。

数年前、馬事公苑がまだオープンされていた時期、ここはさまざまな種類の桜が植えられている「桜のデパート」として有名でした。当時は馬事公苑では毎年4月の第一土曜・日曜に 「桜祭り」 が開催されていました。

例年この時期には先に開花したソメイヨシノは満開をすぎて、年によっては桜吹雪の状態になりました。

当時、馬事公苑の奥には美しい苑池があり、その周囲には、枝が長く垂れ下がる枝垂桜が5、6本植えられていました。

枝垂桜にはいろいろな種類があり、ソメイヨシノより早く咲くのもあれば、ソメイヨシノの後に咲く種類もあるようです。

この馬事公苑の枝垂桜は例年ソメイヨシノが満開になったころから咲き始めるタイプです。下の写真のように、4月の陽光を浴びて見事な咲きっぷりでした。

万馬事公苑

 当時、馬事公苑には広い芝生の馬場グラスアリーナがあり、その横には両側に八重桜を植えた広い通路がありました。

例年、八重桜が満開になると、この並木道は豪華な花のトンネルになりました。下の写真を撮った際は、残念ながら八重桜はほとんど開花していませんでした。

つぼみが薄赤くなってきただけの八重桜の枝に紅白の提灯がずらりと吊るされて、柔らかい春風に揺られていました。

馬事公苑

 桜祭りでは、ポニーに乗って会場をひと巡りできるというコーナーが設けられており、子供たちの大人気の的になっていました。お昼近くになると、子供連れのお客さんたちが長蛇の行列を作りました。

こちらでは女の子二人でポニーのたずなをとって会場の広場を歩かせています。ポニーくんはワンちゃんのようにおとなしく女の子といっしょにあたりを歩き回っていました。

ポニー

 前記のように、現在馬事公苑では2020年東京オリンピックに向けて大規模なリニューアル工事をおこなっています。

2020年の東京オリンピックでは、新しく建設された大型馬場で各国の選手たちが見事な馬術競技を披露することでしょう。

下の写真は、馬事公苑のニューアル工事が完工したときの景観を示すものだそうです。構内中央部には、やはり幅の広い桜並木の通りが設けられるようです。

馬事公苑


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(2019/04/17(水) 06:48)

 北野天満宮 (2)
 菅原道真公は、丑年生まれということもあって、牛を大変可愛がられたそうです。そのため、北野天満宮には写真のなで牛があります。

なで牛の頭をなでると、学問の神様道真公の功徳で頭がよくなるといわれることから、毎年受験シーズンが近づくと多数の若者たちがなで牛の前で列をつくります。

なで牛は、頭に限らずどこかをなでて牛の耳元で願いをすると、自分の体のその部分がよくなるとか。

北野天満宮

北野天満宮 鳥居をくぐって参道をさらに歩くと、1587年に豊臣秀吉が開催した北野大茶之湯の際に水を汲んだとされる井戸があります。
その北側に巨大な桃山時代の様式による二階建ての楼門が建っています。
楼門の正面には、「文道大祖 風月本主」という菅原道真公を褒め称える額が掲げられています。


 この巨大な楼門の両側には、「随神」(ずいじん)の像が安置されています。随神とは、社殿や神社社地などを守る神さまだそうです。

随神は、左右とも、弓と矢を手に持ち。腰には剣を帯びています。これは武装して貴人の護衛にあたった近衛府舎人の姿とのことです。

北野天満宮

 楼門の向かって右側にある随神像(上の写真)は右大臣菅原道真公を、向かって左側にある随神像(下の写真)は左大臣藤原時平公をかたどって作られているということです。

菅原道真公は藤原時平との政争に敗れ、大宰府に左遷されましたが、その後藤原時平が死んでから右大臣に復権しました。その政争に関わったお二人が、現在はこの北野天満宮の楼門に並んで置かれています。

北野天満宮

北野天満宮 北野天満宮の楼門のさきには宝物殿があり、歴史ある天満宮の数々の宝物が保管されています。
その隣には立派な神楽殿があります。大きな神社にはたいてい神楽殿がありますが、昔から神社にはこのような娯楽がつき物だったのでしょう。
神楽殿の先に、北野天満宮の巨大な本殿の建物が見えてきました。


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(2019/04/15(月) 07:03)

 災害時の伝言掲示板
熊本城 2016年4月14日に、熊本県で最大震度7の大地震が発生しました。
熊本県中部の益城町では、その後震度7の激しい余震も起こり、大被害を受けました。

この熊本大地震により、熊本地方では9人の方々が死亡し、1000人以上もの人々が負傷したとのことです。

 熊本大地震によって亡くなられた方々に、深くお悔やみを申し上げます。

災害が発生した現地に親族、知人があれば、だれでも電話をかけて安否を尋ねたくなります。テレビで地震のニュースを見て、さっそく現地に携帯電話をかけた方も多いことでしょう。

しかし、大災害発生直後はそのようなコールが被災地に多数よせられるので、被災地の携帯電話局がパンクし、まったく通話ができなくなることが多いものです。

そのような際には、携帯電話から災害時伝言ダイヤルに接続して短いメッセージを録音・再生することができます。

私どもはソフトバンク社の携帯電話を利用しているので、ソフトバンクの伝言サービス について、以下に説明いたします。

ソフトバンク社の携帯電話の場合には、「Y!」ボタンを押すだけでYahoo!ケータイのトップ画面に接続されます。

1.そのYahoo!ケータイトップ画面から、 [災害用伝言板] を選択します。

2.[登録] を選択します。

3.4つのチェックボックスから送信者側の災害の状態を選択できます(複数選択可)。
  また、全角100文字以内のコメントを入力できます。

4.入力が完了したら [登録] を押すと、安否情報が送信者側の基地局に登録されます。

登録されたメッセージは、ソフトバンク携帯電話および他社携帯電話、さらにパソコン等のインターネット端末からも確認できます。

伝言掲示板

 また、ソフトバンクモバイル株式会社は、2012年7月から災害時に音声メッセージをパケット通信で送る「災害用音声お届けサービス」を提供開始しています(下の写真)。

「災害用音声お届けサービス」 は、日本国内において震度6弱以上の地震など大規模な災害が発生した際に直ちに提供開始されます。

伝言掲示板

 こちらのサービスは、短いながらも被災地にいる身内・知人などから声のメッセージを聴くことができる点が大きなメリットといえるでしょう。

しかし、通信に要するデータ量は上記の 「災害時伝言ダイヤル」 方式のほうが少ないと考えられるので、大災害発生直後はその伝言掲示板を利用するのがよいかと思います。


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(2019/04/13(土) 07:20)

 初景滝・伊豆の踊り子
 河津七滝で、蛇滝の下、上から4番目の滝が初景滝です。高さ10m、幅7mとかなりの大きさがあり、滝の姿が美しいので、河津七滝の中でももっとも人気が高いスポットになっています。

初景滝に近くなると、道路は舗装されて幅も広くなって歩くのは楽になりました。まもなく、巨石の積み重なる渓谷の奥に、崖の上から流れ落ちる大きな滝の全景が見えてきました。

初景滝

初景滝 初景滝は、シーズンにより、また水量により姿が変わりますが、写真のように3本の筋に分かれて落下することが多いそうです。
初景滝が崖の上から流れ落ちる下には、平たい大きな滝つぼがあります。滝つぼの近くが大きな淵になっており、暗い渓谷の奥で青い水が陽の光を受けて輝いていました。

 1926年(大正15年)に発表された川端康成の短編小説 『伊豆の踊り子』 では、主人公「私」は旅芸人の一行と次の温泉町湯ヶ野まで河津川の渓谷沿いの3里(12km)余りの山道をともに歩いて下りました。

旧天城トンネルを通ってから険阻な山道を下ってきた一行は、ようやくこの初景滝の前に達して休息をとりました。初景滝の前の広場には、小説の主人公「私」と踊り子の銅像が並んでいました(下の写真)。

初景滝

初景滝 私のほうは、小説にあるように一高の帽子をかぶり、紺飛白を着て袴をはいています。
踊り子のほうは、高島田でしょうか髪を高く結い上げ、小さな平たい太鼓を腰に下げています。
滝の周りには、観光バスできたツアー客が多数いて、この銅像の近くで滝をバックに盛んに写真を撮っていました。

初景滝 滝つぼから渓谷に沿って歩くと、渓流は巨石の重なる中を白い泡をあげながら流れ下ります。
修善寺から旧天城トンネルを経由してこの渓谷沿いを下田に抜けるルートは南伊豆と東海道本線をつなぐ重要な役割を果たしましたが、これを歩きとおすにはやはり相当な健脚を必要としたことでしょう。


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(2019/04/11(木) 07:25)

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