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 真夏の草津町
 私どもは群馬県草津にはときどき行っていますが、今回は久しぶりに8月中旬の真夏の草津を訪れました。

東京駅から北陸新幹線で軽井沢駅に行き、そこから路線バスで北に向かって草津町に行きます。草津町の交通は、草津ターミナルと呼ばれるバス発着センターが中心となっています。

ターミナルから宿泊するホテル中沢ヴィレッジのマイクロバスに乗ってホテルに向かいました。ホテルの玄関に着くと、ホテルの屋根越しに草津白根山の巨大な山容が夏空をバックにそびえていました。

ホテルのロビーに入り、チェックインの手続きをしました。夏シーズンの盛りのことで、ロビーは多数の宿泊客で混雑していました。
外国人の姿が多いのが目につきました。また、草津白根山周辺の山に向かうのか、本格的な登山の装備をした人も何人かいました。

草津町

 今回は、私どもはホテルの建物から少し離れた場所に建てられているログハウスに宿泊する予約をしました。そのチェックインの手続きが終了してから、ロビーの奥にあるテラス席に行って少し休みました。

テラス席には、下の写真のように白い日傘がいくつか立てられています。その下の席に座ってレモネードを注文してから、高原の日差しのもと、あたりの景観を見渡しました。

当日は快晴でロビー外の日差しはまばゆいばかりでしたが、このあたりはすでに標高1200m以上の高地なので、風は東京の空気とはまるで違って大変さわやかでした。

草津町

 ログハウスは、ホテルの建物から少し離れた林間に15棟ほど建てられています。そのログハウス村の中央に管理棟があり、ホテルと管理棟の間はホテルのマイクロバスで接続されています。

ホテルのロビーの外でマイクロバスに乗り、5分ほども走ってログハウス村の管理棟に着きました。管理棟も下の写真に見られるようにヒュッテ風の建物で、内部にはさまざまな展示がしてあります。

この管理棟で私どもが宿泊するログハウスの鍵を受け取って、すぐ近くにあるログハウスに向かいました。

草津町

 宿泊するログハウスは、下の写真のように太い丸太を組んだ本格的なものです。室内も、太い丸太がそのままむき出しになっています。

ここは標高が1200メートルもある高地なので、ログハウスには冷房の設備はありません。その代わりに、電気による床暖房とまきを焚く大型ストーブが備え付けられています。

ログハウスにはキッチンがついており、食材を外部で買ってくれば自分で食事をつくることもできます。またお風呂もあり、ログハウスで草津の温泉に入ることもできます。

草津町


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(2017/08/31(木) 07:09)

 箱根湯本散策
 私どもの家族は、子供たちが小さいころは、よく箱根に出かけました。箱根は、温泉だけではなくホテル、プール、遊園地、美術館などなんでもあるので、子供づれには好適だったのです。

その箱根には資金はしばらく行っていませんでしたが、今年は、たまには箱根はどうかという妻の意見で、久しぶりに箱根の奥 強羅のホテルに行くことにしました。

私どもの家からは、小田急線の豪徳寺駅から普通電車に乗り、成城学園駅で小田急ロマンスカーに乗り換えます。

ロマンスカー

 小田急ロマンスカーは、新宿駅 - 箱根湯本駅間を1時間半あまりで接続する便利なリゾート路線で、東京圏から箱根に行く旅客の間で大変人気があります。

小田原を過ぎると、電車は次第に箱根の山あいに入ります。大きな小田急の車両が、渓谷ぞいの狭い線路に入りこみ、線路脇の木々の枝をかすめるようにして登っていきます。

箱根湯本駅に着き、改札を出て強羅の方向を見上げると、湯本は快晴なのに箱根の連山は厚い雲のベールに隠れていました。

箱根湯本

 湯本駅前から目の前にある道路を渡ると、すぐ箱根の山から流れる早川の渓流にかかる橋の上に出ます。

毎年正月の箱根駅伝では、この早川沿いの道路を若人たちが小田原から息を切らせて芦ノ湖のゴールを目指して登って行きます。

橋の上から渓流を見下ろすと、岩石の層理のために階段のようになった川床を早川の急流が白くしぶきをあげながら駆け下ります。

鮎釣りでしょうか、釣り人たちが、その急流の中に腰あたりまでつかって長い釣竿を振っていました。

箱根湯本

 橋の上からまた箱根湯本駅に向かって歩き、駅前から渓流沿いに伸びる湯本温泉街に入りました。湯本温泉は、奈良時代以来の歴史がある箱根最古の温泉地とのことです。

駅の近くの街角で、盛んに湯気が上がっている店がありました。まわりにたくさんのギャルたちが集まっています。近寄って見ると、箱根名物の温泉饅頭を売っている店でした。

箱根湯本


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(2017/08/29(火) 06:50)

 関東の猛暑は終わるか
天気図 3年前のこの時期には、日本付近の天気図は左図のようになっていました。太平洋高気圧が北に向かって張り出して日本列島をおおうおなじみの夏型気圧配置です。

このような気圧配置になると、特に関東など太平洋岸では連日晴天となり、最高気温が30度以上の日が多くなります。

 ところが本2017年は、関東では例年とはまったく違う夏となりました。

まず、普通の年では6月半ばから7月中旬くらいまでは梅雨前線が日本列島上に停滞して雨もよいの日が続くものですが、本年は関東地方ではその時期にはほとんど雨が降らず、晴天が続きました。

その後8月に入ると、一転して毎日雨の多い天気となり、日照不足により野菜の成育が進まず、野菜の価格が上昇する事態となりました。

 8月下旬に入ってようやく太平洋高気圧は北上し、関東地方は晴天が続くようになりました。気温はぐんぐんと上がって、最高気温が35度を超える猛暑日が発生しました。

天気図

 しかし、8月25日を過ぎると、関東地方の天候はまた不安定になってきました。上図は昨日の日本付近の天気図ですが、気圧配置が複雑に入り組んで日本列島上には長い前線が横たわっており、普通の夏の天気図とはまったく異なっているのがわかります。

専門家によれば、このような気圧配置になると日本列島の東南の海域で今後台風が発生しやすくなり、9月に入るとそれらの台風が次々と日本に襲来する恐れがあるとのことです。

毎日テレビで報道される天気図を見ながら、台風の襲来は怖いし、野菜が値上がりするのも困るし、、と案じています。

 
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(2017/08/27(日) 07:32)

 リンドバーグの墓
 最近、テレビでアメリカの飛行家チャールス・リンドバーグの番組を目にしました。リンドバーグは1927年に単発プロペラ機でニューヨーク・パリ間の大西洋単独無着陸飛行を行った人です。

昔、ワシントンの国立航空宇宙博物館に行ったとき、リンドバーグが乗った単発機スピリット・オブ・セントルイス号の実機が大きな展示室の天井に吊り下げられていたのを思い出しました(下の写真)。

リンドバーグの飛行機

 インターネットで調べると、リンドバーグは第二次世界大戦後の1953年に自分の大西洋単独無着陸飛行について書いた "The Spirit of St. Louis" という本を出版しました。

著書はまもなく日本語に翻訳されましたが、その題名は 『翼よ、あれがパリの灯だ』 とされたので、日本ではこの題名で有名になりました。

 1927年5月、リンドバーグは、自分が設計した単発機に乗ってニューヨーク・ロングアイランドの飛行場を飛び立ちました。

カナダ沖の大西洋上を東の方向に飛行し、11時間後には1100マイルを飛行して北米大陸の東端であるカナダ・ニューファウンド島のセントジョーンズ上空を通過しました。

ここから先は大西洋の海原が広がるのみで、予定では東に1980マイル飛行するとアイルランド南端に出るはずです。リンドバーグは、飛行高度、羅針方位、エンジンの回転数などを今一度確認し、意を決してスピリット・オブ・セントルイス号を東の方向に進めました。

リンドバーグの飛行機

 強い西風に乗って、スピリット・オブ・セントルイス号は予定より2時間以上も早くアイルランド南端のディングル湾に到達しました。

ニューヨークの飛行場を飛び立って34時間後、スピリット・オブ・セントルイス号は大西洋を渡ってパリのル・ブルジェ飛行場に着陸しました。

リンドバーグは、1929年に駐メキシコ大使の娘アン・モローと結婚し、翌年長男が誕生しました。しかし、3年後の1932年にその長男が誘拐され、殺害されました。

その事件の後、リンドバーグは次第に人間不信から厭世的になり、太平洋戦争終了後は妻アンとともにハワイ・マウイ島に建築した別荘で暮らすことが多くなりました。

70歳を過ぎたころリンドバーグはがんに冒され、1974年夏、医者から余命がいくばくもないと告げられました。リンドバーグは、病院で延命治療を受けるより愛するマウイ島で最後を迎えるほうを選び、8月にアメリカ本土を去ってマウイ島の別荘に入りました。

リンドバーグの飛行機

リンドバーグは直ちに自分の葬式の仕方を周囲に指示しました。墓はマウイの石灰岩を積み上げて作り、その中央に自名を刻んだ金属のプレートを置くことにしました(上の写真)。

まもなく、リンドバーグは8月25日に72歳の生涯を終えました。その葬式はマウイ古来の様式で行われ、島の4人のコーラスが 「天使のお迎え」 というハワイアンソングを唄って故人を葬送したそうです。


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(2017/08/25(金) 07:23)

 草津から北軽井沢へ
 温泉で有名な群馬県草津町には、現在は鉄道がとおっていません。昔は軽井沢町と草津町との間に 「草軽電鉄」 という電鉄があったのですが、バス交通との競争に負け、1962年に廃線となりました。

それ以降は、草津町はJR吾妻線の長野原駅から、またはJR北陸新幹線軽井沢駅からバスで行くことになりました。

1965年、草津町は町役場に近いところに土地を手当てし、 「草津温泉バスターミナル」 (下の写真)を開設しました。この施設は、草津町では単に 「駅」 または 「ターミナル」 と呼ばれています。

北軽井沢へ

 同バスターミナルには、軽井沢、長野原、志賀高原など各所に向かうバスが多数出入りしており、草津町の交通の要になっています。

 私どもは、8月の下旬に久しぶりに群馬県草津に行きました。その帰路は路線バスを利用して北軽井沢経由で軽井沢に抜けました。
現在では軽井沢にはJR北陸新幹線が通っているので、このコースを利用する観光客が多くなっています。

ホテルをチェックアウトしてホテルのマイクロバスで草津温泉バスターミナルに行き、軽井沢行き路線バスに乗って南の方向に移動します。

北軽井沢へ

 草津から軽井沢までバス路線総延長は55.5 km、直行すれば56分のバス行程ですが、今回はその中ほどにある北軽井沢で下車し、その界隈のひなびた風光を愛でることにしました。

軽井沢町は、外国人や実業家の別荘地から次第に発展し、現在では大規模な商業施設を持つにぎやかなリゾートとなりました。それに対し、北軽井沢は学者、大学関係者などの村から出発したとのことで、現在でもひなびた別荘村の雰囲気があります。

路線バス北軽井沢バス停の前にあった貸し自転車屋で自転車を借りて、さわやかな風の吹くなかを北軽井沢の高原に向かいました。

北軽井沢へ

 北軽井沢は、浅間の火山灰地で水が少ないため、もちろん水田はなく、畑作にも適した土地が少ないそうです。下の写真のような草原やまばらな雑木林をほうぼうで目にしました。

8月下旬のことでしたが、北軽井沢は標高1100メートルを超える高原なので、あたりにはすでに秋の気配がただよっていました。

草原のススキはすでに黄金色の穂を高く伸ばしており、そのはるか北の方向には草津白根の山々が連なっているのが遠望できました。

ふと見ると、道端に秋の七草のひとつオミナエシが黄色いつぶつぶの花を元気に咲かせていました。その近くには、紅い萩の花も咲いていました。このあたりでは秋の訪れが東京より1ヶ月以上も早いようです。

北軽井沢へ


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(2017/08/23(水) 07:16)

 インクジェットプリンターのインク (2)
 私は、これまで長年モノクロのレーザープリンターを使ってきました。最近それが使用できなくなったので、以前、友達が廃棄するというHP(ヒューレットパッカード)社のインクジェットプリンターをもらったのを使用しはじめました。

その後まもなくインクジェットプリンターの黒色インクが切れて印刷できなくなったので、HP社の純正黒色インクを購入し、使用していました。

ところが、その後わずか30枚くらいを印刷したころ、また黒色インクで印刷することができなくなくなりました。

プリンタのインク プリンターのコントロールパネルで調べると、左の写真のように黒色インクの残量が少なくなっているのがわかりました。

これまで自分のパソコンでインクジェットプリンターを使ったことがなかったので、インクの減りがあまりに大きいのに驚きました。

 インクジェットプリンターでは通常起動時に各色の 「インクジェットヘッド」 のクリーニングを行う方式になっており、印刷の仕事に使わなくても各色のインクを少しずつ消費します。

インターネットで調べると、インクジェットプリンターではこのようにインクの減りが大きいのに不平をいう利用者が多いようです。プリンターのメーカーは、プリンター本体の価格を安くしてインク代金で稼ぐようにしているのかも知れません。

私は、仕方なくまた黒色インクを購入しようと思いましたが、その価格が非常に高いのです。それがまた数十枚くらいを印刷するだけでインクが切れてしまうのでは、非常にコスト高につきます。

ふと、このインクジェットプリンターにもとからついていたインクを調べると、それはプリンターのメーカーが販売している 「純正インク」 ではないのに気がつきました。このインクジェットプリンターのもとの持ち主であった私の友達は、いわゆる 「互換インク」 を使用していたのです。

プリンタのインク インターネットでその互換インクの価格を調べると、 「純正インク」 の半分以下の価格で販売されているのがわかりました。

さっそくインターネットの販売店を検索してその互換黒色インクを注文したところ、数日で 「メール便」 という普通郵便と同じ方式で私の家に送られてきました(左の写真)。

 このような低価格の商品をインターネットで購入する場合は宅急便の送料が商品価格と同じくらいかかるのが多いものですが、なぜかその販売店では 「送料無料」 となっていました。

さっそくインクジェットプリンターのふたを開けて、その互換インクのカートリッジを内部に装着しました。

プリンタのインク プリンターの電源をONにすると、「純正ではないインクカートリッジが装着されています」 というメッセージが表示されました。
ここは、プリンターメーカーの脅し?にかまわずOKボタンを押しました。

 その後、プリンターのコントロールパネルメニューからインクの項目を調べると、下の写真のように各色用のインクの残量が表示されました。

プリンタのインク 左図のように、互換黒色インクカートリッジを挿入したことで、黒色を印刷するのに使うインクが満タンになったのがわかりました。どうやら黒色インクが印刷するに十分なくらいの量になったようです。

 さっそく、何枚か黒色インクで印刷してみましたが、以前の純正インクで印刷した場合と特に違う様子はありませんでした。

とりあえずはこれでOKとし、今後しばらく使ってみましょう。


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(2017/08/21(月) 07:12)

 日光・中禅寺湖へ
 私どもは概して夏の暑さに弱く、毎年夏になるとどこか涼しい場所に出かけることにしています。その場所の条件はまず当然ながら夏の気温が低いこと、次いで私どもの家から電車で簡単に行けることです。

気温が低いということなら北国がよいかとも思われますが、飛行機や新幹線で遠い土地まで行くのはこの暑い時期には大変です。結局東京の近くで標高が高いところということになります。

昨年は、条件にあう場所を探した結果、箱根仙石原のホテルに宿泊しました。家から路線バスで近くの池尻大橋に行き、そこから小田急高速バスで2時間ほどでホテルの前に着くという大変便利な旅行でした。

仙石原

 しかしその箱根仙石原(上の写真)は標高700mということで、昨年のような猛暑の夏には東京とそれほど変わらない気温になり、日中野原を歩いているときなどには耐え難いほどでした。

 それに懲りて、今年は標高が1000mクラスのさらに高い場所に行こうと決めました。その候補地は栃木県日光中禅寺湖、群馬県みなかみ町、山梨県山中湖村の3つです。本年は、まず電車の便がよいと思われる栃木県日光に行ってみることにしました。

日光・中禅寺湖へ

 日光観光の中心である中禅寺湖(上の写真)は標高が1200mもあり、涼しさという点では申し分ないと思われます。

日光への交通手段を調べると、私どもが住む東急田園都市線から東武日光線に乗り入れる電車があり、東武日光駅までなんと1乗り換えで行けるのがわかりました。そこから路線バスで45分ほどで標高1200mの中禅寺湖に着きます。

私どもの家からほとんど暑い思いをしないうちに3時間ほどで涼しい湖畔のホテルにチェックインできそうです。さっそく7月末から8月はじめに宿泊することに決め、インターネットで予約を行いました。その旅行の詳細は今後別ページで報告いたします。

    
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(2017/08/19(土) 06:56)

 東京は熱帯の都市?
 昔から東京の夏は暑さ、湿度が厳しく、東京を訪れた外国人は東京は温帯ではなく亜熱帯の都市であると驚いたそうです。

しかし、最近数年は東京の夏の気温はさらに上昇して最低気温が25度以上の 「熱帯夜」、最高気温が35度を超える 「猛暑日」 が増加し、長年東京に住んでいる私どもでも耐えがたいくらいになってきました。

世界の熱帯、亜熱帯に位置し、夏の気温が高いと思われている都市と東京の8月の気温を比較して見ましょう。

下の写真は、赤道直下にあるマレーシアの首都クアラルンプルです。近年はマレーシア航空機の事故により世界に名が知れた都市です。

クアラルンプルは、そのすぐ近くにある都市国家シンガポールとともに夏が暑い都市として有名です。

クアラルンプル

 もう一つ、おなじみの世界的な観光都市について調べましょう。下の写真はハワイの首都、オアフ島のホノルルです。

ホノルルは北緯21度に位置し、特に日本人には 「常夏の国 」として圧倒的な人気を持っている観光地です。

ホノルルはヴェトナムの首都ハノイと同じ緯度にありますが、海洋性気候で夏は比較的すごしやすく、エアコンのない家が多いそうです。

ホノルル

上記の2都市と東京の8月の気温を比較しましょう。下表で東京の気温は気象庁のデータで8月の平均最高気温と平均最低気温を最近4年間にわたり平均したものです。

都市名平均最高気温平均最低気温
  クアラルンプル (マレーシア)32.123.1
  ホノルル (ハワイ)31.623.7
  東京32.625.6

上表でまず 「平均最高気温」 の列を見ると、東京は32.6度でヴェトナム・ハノイと同じ緯度にあるホノルルの平均最高気温を大きく上回っています。また赤道直下にあるクアラルンプルの平均最高気温をも越えています。東京の夏は、立派な赤道直下の夏になっていたのです。

次に 「平均最低気温」 の欄を見ると、さらに驚かされます。東京の平均最低気温は25.6度で、赤道直下にあるクアラルンプルの平均最低気温を2.5度も上回っています。

これでは東京の夏の夜は寝苦しいのは当然でしょう。「熱帯夜」 という言葉は、赤道直下にある都市クアラルンプルより東京のほうがはるかに実感があるのです。

最近は、東京をはじめ、日本各地で熱中症が盛んに報告されています。私どもは、日本の夏の気候がこのような状況にあるのを心に刻んで生活をしなければいけなくなったようです。
 
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(2017/08/17(木) 07:14)

 せたがや区民まつり
 これまで、毎年8月の初めに世田谷区馬事公苑で世田谷区民まつりというイベントが行われてきました。正式には 「世田谷ふるさと区民まつり」 という名前で、

    "みつけよう 心のふるさと   ひろげよう 心のふれあい"

という呼びかけで 「ふるさと世田谷」 で共に暮らす人々の連帯感や郷土に対する愛着心を高めるのが主旨です。

本年は、これまでの会場馬事公苑が2020年東京オリンピックへの準備のため使用できないということで、世田谷区民まつりは世田谷区役所の近くの若林公園と区役所の中庭などを利用して開催されました。

昨年までに比較して会場の面積が大幅に縮小し、区民まつりのスケールが小さくなったのは大変残念です。昨年2016年の区民まつりは28万人の入場者がありましたが、本年2017年は来場者数はわずか4万人だったそうです。

そこで、今回は昨年2016年に撮影した写真を利用して昨年の区民まつりの様子をご紹介しましょう。昨年の区民まつりは、馬事公苑と馬事公苑の正門の前にあるけやき広場を会場として開催されました。

馬事公苑では正門を入ると広い通りが苑内を貫いていますが、その通りの両側には下の写真のように各種の出店が隙間なく並び、祭りに来場した人々がゆっくりと歩きながら出店の商品を物色したり、食べ物を買ったりしてました。

せたがやふるさと区民まつり

 例年、このお祭りには馬事公苑の近くの神社や町内からお神輿や山車(だし)が多数参加しています。

私どもが住む町には昔の世田谷村の鎮守様を思わせる小さな神社がありますが、その神社のお神輿も区民まつりに参加していました。下の写真は世田谷区八幡地区からの山車で、ご覧のようになかなか立派なものです。

せたがやふるさと区民まつり

 馬事公苑内の林を通る遊歩道に、昔懐かしいお化け屋敷が造られていました。「きもだめし」 と書かれている小屋の入口からのぞくと、中は気味悪く真っ暗になっていて、おどろおどろしい笛の音が聞こえます。

テレビのお化けアニメの影響で最近の子供たちはお化けを怖がらないといわれていますが、このクラシックなお化け屋敷は子供たちにうけたでしょうか。

せたがやふるさと区民まつり

   
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(2017/08/15(火) 07:10)

 テームズ川・宝島のパブ
 ロンドン観光の一日、テームズ川の西岸から大時計塔ビッグベンがあるので有名なウェストミンスター橋を渡ってテームズ川東岸に行き、大観覧車ロンドン・アイの近くに来ました。

下の写真は、そのあたりからウェストミンスター橋の一つ下流のハンガーフォード橋を撮影したものです。手前に鉄道橋があり、その向こう側にゴールデン・ジュビリー・ブリッジという歩道橋があります。

先日行われた世界陸上ロンドン大会のマラソン競技は、このあたりのテームズ河畔をはじめ、ロンドン市内を4周するコースで行われました。マラソン競技の実況中継でご覧になった方も多いでしょう。

テームズ川のパブ

 テームズ川の中を見ると、右側、ロンドン・アイのすぐ下に最近できたウォータールー・ミレニアム・ピアという船着場があります。この辺はテームズ川クルージング観光の目玉とされる建物が多く、大型の観光船がテームズ川にかかるたくさんの橋をくぐって行き交っています。

上の写真の左端、川の反対側には2隻の客船が停泊しています。後で調べてわかったのですが、それらのうち右側の白い客船はタターシャル・キャッスルという船でレストランとして使われているということです。

テームズ川のパブ

 写真でもっとも左側の青い船は、テームズに浮かぶパブとして利用されているもので、ヒスパニオラ号という名前だそうです。

ヒスパニオラとは、西インド諸島中部にあり、キューバ島に次ぐ面積を有する大島だそうです。1492年にコロンブスによって発見されました。

たしか、誰でも知っているR.L.スティーブンソンの小説 『宝島』 で、南海に宝探しに行く一行が乗った船がヒスパニオラという名前でした。

ロンドン観光の一夜、テームズ川に浮かぶ船のパブでグラスを傾けて宝探しのロマンを楽しむのもよろしいかと思います。

    
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(2017/08/13(日) 07:24)

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