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 草津から北軽井沢へ
 温泉で有名な群馬県草津町には、現在は鉄道がとおっていません。昔は軽井沢町と草津町との間に 「草軽電鉄」 という電鉄があったのですが、バス交通との競争に負け、1962年に廃線となりました。

それ以降は、草津町はJR吾妻線の長野原駅から、またはJR北陸新幹線軽井沢駅からバスで行くことになりました。

1965年、草津町は町役場に近いところに土地を手当てし、 「草津温泉バスターミナル」 (下の写真)を開設しました。この施設は、草津町では単に 「駅」 または 「ターミナル」 と呼ばれています。

北軽井沢へ

 同バスターミナルには、軽井沢、長野原、志賀高原など各所に向かうバスが多数出入りしており、草津町の交通の要になっています。

 私どもは、8月の下旬に久しぶりに群馬県草津に行きました。その帰路は路線バスを利用して北軽井沢経由で軽井沢に抜けました。
現在では軽井沢にはJR北陸新幹線が通っているので、このコースを利用する観光客が多くなっています。

ホテルをチェックアウトしてホテルのマイクロバスで草津温泉バスターミナルに行き、軽井沢行き路線バスに乗って南の方向に移動します。

北軽井沢へ

 草津から軽井沢までバス路線総延長は55.5 km、直行すれば56分のバス行程ですが、今回はその中ほどにある北軽井沢で下車し、その界隈のひなびた風光を愛でることにしました。

軽井沢町は、外国人や実業家の別荘地から次第に発展し、現在では大規模な商業施設を持つにぎやかなリゾートとなりました。それに対し、北軽井沢は学者、大学関係者などの村から出発したとのことで、現在でもひなびた別荘村の雰囲気があります。

路線バス北軽井沢バス停の前にあった貸し自転車屋で自転車を借りて、さわやかな風の吹くなかを北軽井沢の高原に向かいました。

北軽井沢へ

 北軽井沢は、浅間の火山灰地で水が少ないため、もちろん水田はなく、畑作にも適した土地が少ないそうです。下の写真のような草原やまばらな雑木林をほうぼうで目にしました。

8月下旬のことでしたが、北軽井沢は標高1100メートルを超える高原なので、あたりにはすでに秋の気配がただよっていました。

草原のススキはすでに黄金色の穂を高く伸ばしており、そのはるか北の方向には草津白根の山々が連なっているのが遠望できました。

ふと見ると、道端に秋の七草のひとつオミナエシが黄色いつぶつぶの花を元気に咲かせていました。その近くには、紅い萩の花も咲いていました。このあたりでは秋の訪れが東京より1ヶ月以上も早いようです。

北軽井沢へ


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(2017/08/23(水) 07:16)

 インクジェットプリンターのインク (2)
 私は、これまで長年モノクロのレーザープリンターを使ってきました。最近それが使用できなくなったので、以前、友達が廃棄するというHP(ヒューレットパッカード)社のインクジェットプリンターをもらったのを使用しはじめました。

その後まもなくインクジェットプリンターの黒色インクが切れて印刷できなくなったので、HP社の純正黒色インクを購入し、使用していました。

ところが、その後わずか30枚くらいを印刷したころ、また黒色インクで印刷することができなくなくなりました。

プリンタのインク プリンターのコントロールパネルで調べると、左の写真のように黒色インクの残量が少なくなっているのがわかりました。

これまで自分のパソコンでインクジェットプリンターを使ったことがなかったので、インクの減りがあまりに大きいのに驚きました。

 インクジェットプリンターでは通常起動時に各色の 「インクジェットヘッド」 のクリーニングを行う方式になっており、印刷の仕事に使わなくても各色のインクを少しずつ消費します。

インターネットで調べると、インクジェットプリンターではこのようにインクの減りが大きいのに不平をいう利用者が多いようです。プリンターのメーカーは、プリンター本体の価格を安くしてインク代金で稼ぐようにしているのかも知れません。

私は、仕方なくまた黒色インクを購入しようと思いましたが、その価格が非常に高いのです。それがまた数十枚くらいを印刷するだけでインクが切れてしまうのでは、非常にコスト高につきます。

ふと、このインクジェットプリンターにもとからついていたインクを調べると、それはプリンターのメーカーが販売している 「純正インク」 ではないのに気がつきました。このインクジェットプリンターのもとの持ち主であった私の友達は、いわゆる 「互換インク」 を使用していたのです。

プリンタのインク インターネットでその互換インクの価格を調べると、 「純正インク」 の半分以下の価格で販売されているのがわかりました。

さっそくインターネットの販売店を検索してその互換黒色インクを注文したところ、数日で 「メール便」 という普通郵便と同じ方式で私の家に送られてきました(左の写真)。

 このような低価格の商品をインターネットで購入する場合は宅急便の送料が商品価格と同じくらいかかるのが多いものですが、なぜかその販売店では 「送料無料」 となっていました。

さっそくインクジェットプリンターのふたを開けて、その互換インクのカートリッジを内部に装着しました。

プリンタのインク プリンターの電源をONにすると、「純正ではないインクカートリッジが装着されています」 というメッセージが表示されました。
ここは、プリンターメーカーの脅し?にかまわずOKボタンを押しました。

 その後、プリンターのコントロールパネルメニューからインクの項目を調べると、下の写真のように各色用のインクの残量が表示されました。

プリンタのインク 左図のように、互換黒色インクカートリッジを挿入したことで、黒色を印刷するのに使うインクが満タンになったのがわかりました。どうやら黒色インクが印刷するに十分なくらいの量になったようです。

 さっそく、何枚か黒色インクで印刷してみましたが、以前の純正インクで印刷した場合と特に違う様子はありませんでした。

とりあえずはこれでOKとし、今後しばらく使ってみましょう。


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(2017/08/21(月) 07:12)

 日光・中禅寺湖へ
 私どもは概して夏の暑さに弱く、毎年夏になるとどこか涼しい場所に出かけることにしています。その場所の条件はまず当然ながら夏の気温が低いこと、次いで私どもの家から電車で簡単に行けることです。

気温が低いということなら北国がよいかとも思われますが、飛行機や新幹線で遠い土地まで行くのはこの暑い時期には大変です。結局東京の近くで標高が高いところということになります。

昨年は、条件にあう場所を探した結果、箱根仙石原のホテルに宿泊しました。家から路線バスで近くの池尻大橋に行き、そこから小田急高速バスで2時間ほどでホテルの前に着くという大変便利な旅行でした。

仙石原

 しかしその箱根仙石原(上の写真)は標高700mということで、昨年のような猛暑の夏には東京とそれほど変わらない気温になり、日中野原を歩いているときなどには耐え難いほどでした。

 それに懲りて、今年は標高が1000mクラスのさらに高い場所に行こうと決めました。その候補地は栃木県日光中禅寺湖、群馬県みなかみ町、山梨県山中湖村の3つです。本年は、まず電車の便がよいと思われる栃木県日光に行ってみることにしました。

日光・中禅寺湖へ

 日光観光の中心である中禅寺湖(上の写真)は標高が1200mもあり、涼しさという点では申し分ないと思われます。

日光への交通手段を調べると、私どもが住む東急田園都市線から東武日光線に乗り入れる電車があり、東武日光駅までなんと1乗り換えで行けるのがわかりました。そこから路線バスで45分ほどで標高1200mの中禅寺湖に着きます。

私どもの家からほとんど暑い思いをしないうちに3時間ほどで涼しい湖畔のホテルにチェックインできそうです。さっそく7月末から8月はじめに宿泊することに決め、インターネットで予約を行いました。その旅行の詳細は今後別ページで報告いたします。

    
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(2017/08/19(土) 06:56)

 東京は熱帯の都市?
 昔から東京の夏は暑さ、湿度が厳しく、東京を訪れた外国人は東京は温帯ではなく亜熱帯の都市であると驚いたそうです。

しかし、最近数年は東京の夏の気温はさらに上昇して最低気温が25度以上の 「熱帯夜」、最高気温が35度を超える 「猛暑日」 が増加し、長年東京に住んでいる私どもでも耐えがたいくらいになってきました。

世界の熱帯、亜熱帯に位置し、夏の気温が高いと思われている都市と東京の8月の気温を比較して見ましょう。

下の写真は、赤道直下にあるマレーシアの首都クアラルンプルです。近年はマレーシア航空機の事故により世界に名が知れた都市です。

クアラルンプルは、そのすぐ近くにある都市国家シンガポールとともに夏が暑い都市として有名です。

クアラルンプル

 もう一つ、おなじみの世界的な観光都市について調べましょう。下の写真はハワイの首都、オアフ島のホノルルです。

ホノルルは北緯21度に位置し、特に日本人には 「常夏の国 」として圧倒的な人気を持っている観光地です。

ホノルルはヴェトナムの首都ハノイと同じ緯度にありますが、海洋性気候で夏は比較的すごしやすく、エアコンのない家が多いそうです。

ホノルル

上記の2都市と東京の8月の気温を比較しましょう。下表で東京の気温は気象庁のデータで8月の平均最高気温と平均最低気温を最近4年間にわたり平均したものです。

都市名平均最高気温平均最低気温
  クアラルンプル (マレーシア)32.123.1
  ホノルル (ハワイ)31.623.7
  東京32.625.6

上表でまず 「平均最高気温」 の列を見ると、東京は32.6度でヴェトナム・ハノイと同じ緯度にあるホノルルの平均最高気温を大きく上回っています。また赤道直下にあるクアラルンプルの平均最高気温をも越えています。東京の夏は、立派な赤道直下の夏になっていたのです。

次に 「平均最低気温」 の欄を見ると、さらに驚かされます。東京の平均最低気温は25.6度で、赤道直下にあるクアラルンプルの平均最低気温を2.5度も上回っています。

これでは東京の夏の夜は寝苦しいのは当然でしょう。「熱帯夜」 という言葉は、赤道直下にある都市クアラルンプルより東京のほうがはるかに実感があるのです。

最近は、東京をはじめ、日本各地で熱中症が盛んに報告されています。私どもは、日本の夏の気候がこのような状況にあるのを心に刻んで生活をしなければいけなくなったようです。
 
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(2017/08/17(木) 07:14)

 せたがや区民まつり
 これまで、毎年8月の初めに世田谷区馬事公苑で世田谷区民まつりというイベントが行われてきました。正式には 「世田谷ふるさと区民まつり」 という名前で、

    "みつけよう 心のふるさと   ひろげよう 心のふれあい"

という呼びかけで 「ふるさと世田谷」 で共に暮らす人々の連帯感や郷土に対する愛着心を高めるのが主旨です。

本年は、これまでの会場馬事公苑が2020年東京オリンピックへの準備のため使用できないということで、世田谷区民まつりは世田谷区役所の近くの若林公園と区役所の中庭などを利用して開催されました。

昨年までに比較して会場の面積が大幅に縮小し、区民まつりのスケールが小さくなったのは大変残念です。昨年2016年の区民まつりは28万人の入場者がありましたが、本年2017年は来場者数はわずか4万人だったそうです。

そこで、今回は昨年2016年に撮影した写真を利用して昨年の区民まつりの様子をご紹介しましょう。昨年の区民まつりは、馬事公苑と馬事公苑の正門の前にあるけやき広場を会場として開催されました。

馬事公苑では正門を入ると広い通りが苑内を貫いていますが、その通りの両側には下の写真のように各種の出店が隙間なく並び、祭りに来場した人々がゆっくりと歩きながら出店の商品を物色したり、食べ物を買ったりしてました。

せたがやふるさと区民まつり

 例年、このお祭りには馬事公苑の近くの神社や町内からお神輿や山車(だし)が多数参加しています。

私どもが住む町には昔の世田谷村の鎮守様を思わせる小さな神社がありますが、その神社のお神輿も区民まつりに参加していました。下の写真は世田谷区八幡地区からの山車で、ご覧のようになかなか立派なものです。

せたがやふるさと区民まつり

 馬事公苑内の林を通る遊歩道に、昔懐かしいお化け屋敷が造られていました。「きもだめし」 と書かれている小屋の入口からのぞくと、中は気味悪く真っ暗になっていて、おどろおどろしい笛の音が聞こえます。

テレビのお化けアニメの影響で最近の子供たちはお化けを怖がらないといわれていますが、このクラシックなお化け屋敷は子供たちにうけたでしょうか。

せたがやふるさと区民まつり

   
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(2017/08/15(火) 07:10)

 テームズ川・宝島のパブ
 ロンドン観光の一日、テームズ川の西岸から大時計塔ビッグベンがあるので有名なウェストミンスター橋を渡ってテームズ川東岸に行き、大観覧車ロンドン・アイの近くに来ました。

下の写真は、そのあたりからウェストミンスター橋の一つ下流のハンガーフォード橋を撮影したものです。手前に鉄道橋があり、その向こう側にゴールデン・ジュビリー・ブリッジという歩道橋があります。

先日行われた世界陸上ロンドン大会のマラソン競技は、このあたりのテームズ河畔をはじめ、ロンドン市内を4周するコースで行われました。マラソン競技の実況中継でご覧になった方も多いでしょう。

テームズ川のパブ

 テームズ川の中を見ると、右側、ロンドン・アイのすぐ下に最近できたウォータールー・ミレニアム・ピアという船着場があります。この辺はテームズ川クルージング観光の目玉とされる建物が多く、大型の観光船がテームズ川にかかるたくさんの橋をくぐって行き交っています。

上の写真の左端、川の反対側には2隻の客船が停泊しています。後で調べてわかったのですが、それらのうち右側の白い客船はタターシャル・キャッスルという船でレストランとして使われているということです。

テームズ川のパブ

 写真でもっとも左側の青い船は、テームズに浮かぶパブとして利用されているもので、ヒスパニオラ号という名前だそうです。

ヒスパニオラとは、西インド諸島中部にあり、キューバ島に次ぐ面積を有する大島だそうです。1492年にコロンブスによって発見されました。

たしか、誰でも知っているR.L.スティーブンソンの小説 『宝島』 で、南海に宝探しに行く一行が乗った船がヒスパニオラという名前でした。

ロンドン観光の一夜、テームズ川に浮かぶ船のパブでグラスを傾けて宝探しのロマンを楽しむのもよろしいかと思います。

    
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(2017/08/13(日) 07:24)

 広島原爆ドーム
 かねてより私は、日本人として、原爆による惨禍の象徴である原爆ドームをぜひ訪れなければと念じていました。このたび所用で広島を訪れたので、仕事が終わってからさっそく原爆ドームに向かいました。

その途中、自転車に乗った男性に道を尋ねたところ、自転車を降りて押しながら私といっしょに歩いて原爆ドームへの道順を教えてくれました。やはり、広島市民は原爆ドームには特別の思いがあるのでしょう。

やがて遠くの大木の根元に「慰霊」と刻まれた大きな石碑が見え、その奥に巨大な原爆ドームのむき出しの鉄骨が姿を現しました。

広島原爆忌

 1945年8月6日、原爆は、このドームのほぼ真上約580メートルで炸裂しました。そのためドームを覆っていた銅板が一瞬にして溶けて無くなり、鉄骨がむき出しになってしまいました。

しかし、原爆の爆風が真上からきたため、この建物の外壁の一部が吹き飛ばされずにご覧のように残ったのです。

原爆投下から72年の歳月が経ち、ドームの鉄骨や壁面などの腐食、劣化が目立ってきました。近年は地震による損傷リスクが指摘され、2015年からドームの鉄骨を鋼材で補強する工事が行われたそうです。

広島原爆忌

 元安川という川が、原爆ドームの横を流れています。その元安川の川岸に立って、青空にそびえるドームを仰ぎつつ、14万人を超えるとされる被爆死者の冥福を祈りました。

元安川は、太田川(本川)という大きな川の支流のようです。それら2つの川に挟まれた三角州に、約12万平方mの広大な平和記念公園が開設されました。この地点が、原爆の爆心直下にあたるということです。

元安川の河畔から、原爆ドームを背にして元安川にかかる橋をわたり、平和記念公園の中に入って行きました。平和の池という長方形の池の中に、《平和の灯》 という炎が灯されています。その炎のはるか向こうに原爆ドームの鉄骨が揺らめいて見えました。

広島原爆忌

 
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(2017/08/11(金) 06:46)

 成田空港の鷹匠
 7月の末に、所用で初めて静岡市を訪れました。泊まったホテルの近くに大御所徳川家康の隠居城だったので知られる駿府城址があるのを知り、仕事を終えてからさっそく行ってみました。

この駿府城址には徳川家康の銅像があると聞きました。城址の二の丸址は現在では大きな広場になっており、シニアの方々がたくさん集まってゲートボールをしていたので、銅像がどこにあるか訊ねました。

教えられたようにその広場を横切って本丸址に行くと、徳川家康公の大きな銅像がありました。家康は鷹狩を好んだそうですが、その鷹を腕にとまらせてあたりを睥睨している像です。

成田空港の鷹匠

 現在でも、日本各地に鷹を育てて小動物などの狩りをしている鷹匠がおられるそうですが、それら皆さんは日本古来の鷹狩りの技術を将来に伝える重要な仕事をしているのでしょう。

 さて、大型空港の周囲は通常森林や湿地帯に囲まれているので、かもめ、鴨など野鳥が多数群れていることが多いものです。

空港から旅客機が離陸するとき、エンジンは多量の空気を吸い込みますが、そのとき滑走路の上空にいた野鳥がエンジンのタービンに激突することがあります。それをバードストライクと呼びます。

場合によってはそれによってタービンのブレードが破損し、飛行機が墜落にいたることもあるとのことで、近年大きな問題になっています。

数年前から、成田空港ではバードストライク対策として千葉県の鷹匠に依頼して空港の上空に鷹を翔ばせているとのことです。

下の写真のように鷹匠が鷹を手に止まらせて滑走路の近くを歩くと、野鳥たちはそれをみつけて滑走路上空には近寄らなくなるそうです。

何百万年にもわたって野鳥たちのDNAに刷り込まれた鷹へのアラーム本能は、バードストライク対策として有効に利用できそうです。

成田空港の鷹匠

 東京の海岸にある羽田空港は、各種の水鳥が多いため、バードストライクの発生件数がとりわけ多いそうです。

国土交通省は2012年、バードストライク対策として、約10億円をかけて羽田空港に 「鳥検知装置」 を設置しました。レーダーで空港の上空を監視して鳥の位置や高度を確認し、監視員がモニターに示された場所に先回りして威嚇音で鳥を追い払います。

しかし、導入から約5年経つ現在でも、そのシステムは誤報など不具合が多くほとんど機能していないそうです。

そこで羽田空港でも、成田空港にならって鷹匠が鷹を使って野鳥を威嚇する方式を試し始めました。コンピューターも何百万年にもわたって蓄積された鳥たちのDNAにはかなわなかったのでしょう。


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(2017/08/09(水) 07:01)

 東京の猛暑日
 気象庁のウェブサイトを調べていて、下図の恐ろしいチャートを見つけました。東京地方で最近50年あまりの期間で毎年の猛暑日(最高気温が35度以上になった日)の日数がどう推移したかを示すものです。

東京の猛暑日

上図のチャートから、今から40年前の1970年ごろでは、猛暑日はたとえば5年移動平均値では年間1~2日くらいにとどまっていました。

1970年代末から1980年代初めにかけては、3年ほどにわたって猛暑日がない年が続きました。その時期には、猛暑日が発生するとそれはその日のビッグニュースになったのです。

ところがここ数年間は毎年高温の夏が続き、上図チャートからわかるようにここ4年間の平均値では年間猛暑日は7日ほどにもなりました。
2010年と2013年は夏が特別暑く、猛暑日はいずれも年間なんと12日以上にもなりました。

そして2016年の夏も非常に暑く、年間の猛暑日は12日に達しています。本2017年も、夏が終わるまでには猛暑日はやはり10日ぐらいにはなるのではないかと思われます。

また、最低気温が25度以上の 「熱帯夜」 も、上記猛暑日と同じくここ数年は空前の高水準が続いています。

東京地方の本年の熱帯夜日数は2017年8月6日現在までに32日に達し、猛暑だった2013年の日数39日に迫ってきました。

猛暑日、熱帯夜の日数はいずれも20年前の倍以上になっており、東京が近年いかに酷暑のもとにあるかが改めて認識させられます。

この傾向は、今後簡単には収まりそうにありません。東京に住んで日常生活を営んでいる私どもは、その環境の中で夏の健康を維持する方策を工夫するしかないようです。

  
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(2017/08/07(月) 06:54)

 小笠原に空港建設?
 石垣島は、那覇から南西へ約430kmの東シナ海に浮かぶ、沖縄本島、西表島に次いで沖縄県内3番目に大きな島です。
石垣島はサンゴ礁に囲まれており、亜熱帯の豊かな自然と都市機能が共存する日本最南端の海洋リゾート地です。

石垣島 左の地図に見られるとおり、石垣島を含む八重山諸島(赤丸マーク)は台湾のすぐ東側、台湾北部とほぼ同じ緯度にあります。

その八重山諸島の最西端にある与那国島は台湾まではわずか111kmの位置にあり、晴れた日には島の高所に登るとはるか水面線に台湾の島影をのぞむことができるそうです。

 その石垣島は、太平洋戦争の少し後、1950年代までは知る人ぞ知る日本最西端の秘境でした。戦後の1968年、以前からあった滑走路を1,200 mから1,500 mに延長し、石垣空港はようやく民間航空による運航が行われるようになりました。

1979年、石垣空港は暫定ジェット化空港(滑走路長1,500 m)として供用を開始しました。このころから日本の国内外で南海でのダイビングが盛んになり、石垣空港の年間利用客数は、国内1,674,455人、海外12,046人(2012年度)に達しました。

2013年3月7日、石垣島東部の海岸沖合に2000mの滑走路を有する新石垣空港が開港しました。これにより、ボーイング737、エアバスA300クラスの中型ジェット機が離着陸できるようになり、東京羽田からの石垣島への直行便も運航されるようになりました。

石垣島

 八重山諸島の中でも最後まで 「秘境」 として残った日本最西端の与那国島にも、現在では新石垣空港や沖縄那覇空港から毎日小型ジェット旅客機が運航されています。

このように八重山諸島に航空網が整備されたのは、もちろん観光客の皆さんには大変ありがたいことですが、その一方で日本にはすでに数が非常に少なくなっている 「秘境」 がにぎやかな観光地になってしまったのを惜しむ声も多いようです。

小笠原 さて、現在の日本になお残る海の秘境といえば、まず小笠原諸島ということになるでしょう。

小笠原諸島は、東京都特別区の南南東約1,000kmの太平洋上にある30余の島々からなります。

それらのうち民間人が居住するのは父島・母島の2島のみで、残りの島々はすべて無人島です。

 小笠原諸島は、生物地理区の区分上において日本で唯一オセアニア区に属しています。また、形成以来ずっと大陸から隔絶していたため、島の生物は独自の進化を遂げており、「東洋のガラパゴス」 とも呼ばれるほど、貴重な動植物が多いとのことです。

そのため、同諸島は1972年(昭和47年)10月16日に一部の島や地域を除き小笠原国立公園として、国立公園に指定されました。

1980年(昭和55年)3月31日には、国指定小笠原諸島鳥獣保護区(希少鳥獣生息地)に指定されました。

さらに、2011年には小笠原諸島の豊かで独特な自然の価値が認められ、世界自然遺産として登録されました。

小笠原

 その小笠原諸島に本土から行くには、現時点では航空便はありません。東京港(竹芝桟橋)と父島(二見港)を結ぶ貨客船小笠原海運 「おがさわら丸」(通称:おが丸)が唯一の交通手段となっています。

おがさわら丸は所要時間24時間、おおむね観光シーズンは 3日に 1便、オフシーズンは 6日に 1便就航しています。2016年(平成28年)7月から新造船である 3代目おがさわら丸の就航により所要時間が約 1時間30分短縮されたとのことです。

古くからの住民の多くは空港建設を熱望している一方で、小笠原の自然に惚れ込んで移住した新住民の多くは秘境らしさを残したいために空港建設に消極的であるなど、島民の意見もまとまっていないそうです。

 小笠原諸島(東京都)への定期航空路の開設について検討している東京都は、7月27日、小笠原村との協議会で、父島に空港を建設する案を軸に検討する方針を決めました。

空港案は、1200mの滑走路で定員50人程度のプロペラ機が離着陸する飛行場を造る計画だそうです。海の埋め立てなどが及ぼす周辺環境への影響や費用対効果などの検討を踏まえて可否が判断されます。


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(2017/08/05(土) 07:06)

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