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 マドリード・プラド通り
 マドリードの交通基点プエルタ・デル・ソルから東に向かうマヨール通りに入り、美術館のあるプラド通りに向かって歩き始めました。

大通りの左側に荘重な石柱のファサードをもつ大きな建物が見えてきました。「連邦政府庁舎」というもので、入口は銃をもった兵士がガードを固めていました。王宮の近くにある王立劇場と同じころに建てられたもので、19世紀の 「マドリード・ロマン派様式」 の建築だそうです。

プラド大通り

 連邦政府庁舎の前を通ってマヨール通りの緩やかな下り坂を歩いて行くと、遠くに広い緑地帯のある大通りが見えてきました、これがマドリードの中央部東側を南北に縦貫するプラド通りです。

連邦政府庁舎から下がってきてプラド通りに出たところは、大きなロータリーのある広場になっています。
このあたりでプラド通りの緑地帯の幅はもっとも広くなっているようで、見上げるような高い落葉樹が生い茂った見事な林が形成されています。その深い林のなかに、自動車が盛んに行き交っています。

プラド大通り

 自動車の交通量がマドリードとは桁違いに多い東京では、幹線道路にこのような大きな緑地帯を設けるのは難しいでしょう。
緑地帯の中には、下の写真のように私どもが知っている有名なスペイン絵画のパネルが多数掲示されていました。

プラド大通り

 プラド通りのプラド美術館とは反対側、北側を見ると、下の写真のように両側に高さ20mほどの巨樹が立ち並ぶ大通りになっていました。

大通りの中には高い金属製のポールがたくさん立っています。祝日の際にはこれらのポールに旗やバナーが掲げられるのでしょうか。

プラド大通り

 私どもは、プラド美術館の開館時刻9時に間に合うように緑地帯を歩いています。この時間だと、宵っ張りのマドリード市民はまだあまり動いていないのか、緑地帯のなかは人通りが少なく、小鳥のさえずりが盛んに聞えます。林の中にリスも少し見かけました。

アメリカ・ニューヨークにはパークアベニューという通りがありますが、このプラド通りのように立派な緑地帯はありません。

プラド大通り

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(2016/04/30(土) 06:45)

 北野天満宮 (3)
 今年3月の下旬、京都北西にある北野天満宮を訪れました。菅原道真公の没後、朝廷によりこの地に北野天満宮が造営されました。
現在では、北野天満宮は全国に一万以上あるとされる天満宮の元締め的存在になっています。

北野天満宮 大鳥居をくぐり、巨大な楼門を通って境内に入りました。この神社は、本殿が国宝として認定されているほか、透塀や後門は重要文化財となっています。
楼門の内側には遅咲きの紅梅が満開の花をつけていました。北野天満宮の境内では、春には50種類もの梅(約1,500本)が咲き、秋口から冬にかけては紅葉も楽しめます。

北野天満宮 北野天満宮の境内には、50を超える支社・末社が置かれています。
青銅で張った鳥居の奥に、歴史を感じさせる神社がありました(左の写真)。
「稲荷神社」 とよばれるもので、五穀(米・麦・粟・豆・稗)豊穣をつかさどり、また商売繁盛の守護神としても有名だそうです。その近くには、遅咲きのピンクの梅が花盛りでした。

北野天満宮 昔この地で大火があったとき、当稲荷神社の手前で鎮火したとのことで、「火除け稲荷」 とも呼ばれ、信仰を集めています。
稲荷神社の隣には、竈社(かまどしゃ)という神社があります。家庭の守護神とされる神様と火を司る神様を祀っており、台所の守り神として信仰されています。竈社は、6月17日に例祭が行われます。

北野天満宮 その先に、3重になった朱塗りの鳥居が見えました。この神社は菅原道真公ゆかりの牛をかたどった石造臥牛像がご神体となっていて、「牛社、「お牛さん」」と呼ばれています。
牛社の背後を囲むように「絵馬掛所」が設けられています。受験のシーズンには、ここは学問の神様に祈りをささげ、絵馬を奉納する人でにぎわいます。

北野天満宮 左の写真の末社は宗像社(むなかたしゃ)とよばれます。交通、海上運輸の安全をつかさどる「宗像の三女神」が祭られています。三神は、海運の難所といわれた玄界灘の陸地と沖合の二島に祀られていましたが、その後この北野天満宮に移されました。
海運業、運送業などの厚い信仰の対象となり、参拝者がたえないそうです。

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(2016/04/28(木) 06:56)

 食料の備蓄
 2016年4月14日、熊本県で最大震度7の地震が発生しました。大地震によって亡くなられた方々に、深くお悔やみを申し上げます。
私どもは、このような大災害に備えて飲料水とともに最低限の非常食を確保・備蓄しなければならないでしょう。

乾パン 備蓄食というと、私はまず乾パンを思い浮かべます。乾パンは水分が少ないので、缶詰では5年、袋詰めでも1年はもつそうです。

しかし、なにしろうまいものではないので、備蓄して賞味期限がきたら廃棄するほかありません。煮て食べることもできると聞いたことはありますが・・・・・・・。
パックご飯 スーパーなどで、左の写真のパック詰め米飯を安く販売しています。いい米を使った製品はまずまずの味なので、私どもはよく買って食べています。
調べると、この製品は製造後半年間保存できるのがわかりました。電子レンジで加熱して食しますが、停電時はお湯でしばらく煮ると食べることができます。

うどん うどんの乾麺は、たいてい1年間くらいは保存できるということです。私どもは麺類が好きでよく食べるので、大変心強い話です。
少しまとめて備蓄しようと思い、どの製品がよいかスーパーなどで売っている製品を少しづつ買っては味を試しました。
太い麺はうでるのに長時間を要するので、やや細めの麺を選びました。

そば そばの乾麺も、うどんと同じく半年間くらいは保存できるということです。
そばも美味しいので私どもはよく食べます。そこで、少しずつ買って常に20本ほどは備蓄しています。

そばの乾麺は概してうどんの乾麺より長いうで時間を必要とします。袋に記載されているうで時間が短いものを選びましょう。

そうめん 同じ乾麺でも、そうめんはなんと2年間くらいは保存できるということです。なぜ長期間の保存ができるのかわかりませんが、私どもはそうめんも大好きなので、有難く思います。
そうめんは短時間でうでられるので災害時の非常食として適しています。

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(2016/04/26(火) 06:54)

 伊豆の踊り子 (2)
 河津七滝は、河津川が天城山中を1.5kmにわたって流れ下る渓谷に形成されています。その間、河津川には周囲の山々から支流や谷川がいくつも合流し、河の水量は次第に多くなります。

七滝のうち上から4番目の初景滝の下では、河津川は下の写真のようにかなりの水量となり、やや平坦になった川床の巨石を洗うように音をたてて流れ下っていました。

初景滝

初景滝 初景滝の滝つぼから200mほども河津川に沿って降りたところに、左の写真の石像がありました。

1926年に発表された川端康成の短編小説 『伊豆の踊り子』 で、主人公「私」が旅芸人一座の踊り子とともに河津七滝を歩き下った様子を彫刻したものです。

石像のそばに小さな金属のプレートがありました。

初景滝 これまでに制作された「伊豆の踊り子」映画での主演者のリストです。この作品が、発表以来いかに多数の読者の共感を得てきたかがわかります。

映画のリストの前には観光客が多数きて話し合っていましたが、一番人気は山口百恵・三浦友和が主演した映画のようでした。

 その山口百恵・三浦友和の映画は昭和49年封切りですが、それ以降は「伊豆の踊り子」は映画化されていないようです。

そこからさらに200mほども渓流沿いに下ると、渓谷の木々の間に赤い大きな橋が渓谷をまたいでかかっているのが見えてきました。
松本清張の短編小説 『天城越え』 も、このあたりの天城山中を舞台としています。この短編小説は1983年に田中裕子さん主演で映画化されましたが、その中で河津川の渓谷にかかる赤い橋が画面に出てきました。それが、この橋なのでしょう。

初景滝

 さらに山道を下って行くと、その赤い橋の横に出ました。橋のたもとの石柱には、「初景橋」と刻まれてありました。

この橋の上からは、河津川の渓谷の景観が両側に遠くまで見通せるということで、観光客に人気のスポットになっているそうです。橋のたもとには売店が数軒あり、少し離れたところには旅館もあるそうです。

初景滝

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(2016/04/24(日) 06:56)

 乾電池で携帯電話
 2016年4月14日、熊本県で最大震度7の地震が発生しました。大地震によって亡くなられた方々に、深くお悔やみを申し上げます。

大地震の際には、家屋が倒壊したり電柱が倒れたりして加入者電話線が利用不可能になることも多いものです。そのような際には、携帯電話が頼みの綱になります。

池で携帯電話 その地区の携帯基地局が正常に機能していても、災害で停電になり、携帯電話の電池が充電できなくなれば、以降は携帯電話が利用できなくなります。

そこで、最近は乾電池などを使って携帯電話機の内蔵電池を充電したり、内蔵電池の充電量減少をある程度補填する外部電源が登場してきました。

池で携帯電話 上の写真は単三ニッケル水素乾電池を2個内蔵した外部電源装置で、携帯電話機の充電端子に接続することで携帯電話機の内蔵電池に電力を供給します。
私は、数年前にこの外部電源を購入し、外出先で携帯電話機が電池切れになりかけたら携帯電話機に接続して使っています。

 もちろん、地震など大災害時にも、乾電池を持っていれば携帯電話の電池切れ対策として有用に機能することでしょう。

私が持っているのは上の写真のように携帯電話機に直接挿入するタイプの電源ですが、最近は下図のように細いUSBケーブルで携帯電話機の短詩に接続するものが多くなっているようです。

このタイプの方が、電池を接続したままで携帯電話機を手に持って通話するのに使いやすいのでしょう。
池で携帯電話

池で携帯電話 最近広く使われているスマートフォンは、従来型の携帯電話機よりずっと多くの電力を消費します。
そこで、最近は単三乾電池を4本使った携帯電話用電源が販売されています。
歩きスマホなどでスマートフォンを使時間にわたって使う人が多くなりましたが、そのようなユーザーには大型の外部電源が必要になるのでしょう。

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(2016/04/22(金) 06:48)

 スペイン旅行・マドリードへ
 スペインの首都マドリードには、世界屈指の大美術館プラド美術館があります。プラド美術館には、スペインの誇るベラスケス、ゴヤなどの名画が展示しきれないほどあるそうです。

また、私はスペイン舞踊「フラメンコ」に長年憧れてきました。フラメンコは、ギターを中心とする音楽と舞踊の両方が楽しめるでしょう。

そこで、スペイン・マドリードへの旅行を計画しましたが、問題は日本からスペインへの直行航空便がないことです。その後方々を調べているうちに、大手旅行会社のサイトで「マドリード・パリ8日間」という自由滞在型ツアーパッケージを見つけ、さっそく予約しました。

飛行機は成田を発ってからしばらく日本列島を北上し、やがて日本海を渡ってシベリア上空に入りました。2、3時間してから一度目を覚まし、窓のシャッターを少し開けると、眼下にシベリアの大河が大きくうねったまま白く凍っているのが見えました。

マドリード

 飛行機は、ほぼ予定時刻に中継地パリ・シャルルドゴール空港のターミナル2に着きました。これからスペイン・イベリア航空機に乗り換えてマドリードに行きますが、そのイベリア航空機もここから発進します。

私どもが搭乗したイベリア航空機は、下の写真のMDB87という中型ジェット機でした。MDB87は、加速、上昇性能に優れた中型機ということで、日本でも一部地方線などで利用しているようです。
しかし機内は、これまで乗ってきた日航機にくらべて大分年期が入っているようで、照明はやや暗く、壁や座席シートなども少し薄汚れているように感じられました。

マドリード

マドリード マドリード・バラハス空港からタクシーで市内に行き、中心部グランビアのホテルに宿泊しました。

翌朝朝早くにホテルを出て、ホテル前のグランビア通りをプラド美術館に向かって歩き始めました。
マドリードは盛岡とほぼ同じ緯度にあるとのことで、街路の並木はようやく若葉が出始めたところでした。

 ホテルから10分ほども歩くと、大きな長方形の広場に出ました。マドリードの地図を開くと、真ん中に各方向に向かう道路が集中しているところがありますが、それがプエルタ・デル・ソルです。

日本でいうと東京・日本橋のような地点で、スペインの道路元標がこの広場にあり、スペイン各所への交通の基点になっているとのことです。プエルタ・デル・ソルとは、「太陽の門」の意味だそうです。

この広場に面して時計台を持つ華麗な建物がありますが、これがマドリード自治制府庁です(下の写真)。

マドリード

マドリード プエルタ・デル・ソルを見渡すように、大きな騎馬銅像が立っていました。
18世紀にマドリードを近代都市に改造した国王カルロス3世の騎馬像です。

ナポレオン軍が1808年にスペインに侵略した際は、マドリードの市民たちははほとんど武器もないままに蜂起してこの広場で勇敢に戦ったとのことです。

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(2016/04/20(水) 07:15)

 北野天満宮 (2)
 菅原道真公は、丑年生まれということもあって、牛を大変可愛がられたそうです。そのため、北野天満宮には写真のなで牛があります。

なで牛の頭をなでると、学問の神様道真公の功徳で頭がよくなるといわれることから、毎年受験シーズンが近づくと多数の若者たちがなで牛の前で列をつくります。

なで牛は、頭に限らずどこかをなでて牛の耳元で願いをすると、自分の体のその部分がよくなるとか。

北野天満宮

北野天満宮 鳥居をくぐって参道をさらに歩くと、1587年に豊臣秀吉が開催した北野大茶之湯の際に水を汲んだとされる井戸があります。

その北側に巨大な桃山時代の様式による二階建ての楼門が建っています。
楼門の正面には、「文道大祖 風月本主」という菅原道真公を褒め称える額が掲げられています。


 この巨大な楼門の両側には、「随神」(ずいじん)の像が安置されています。随神とは、社殿や神社社地などを守る神さまだそうです。

随神は、左右とも、弓と矢を手に持ち。腰には剣を帯びています。これは武装して貴人の護衛にあたった近衛府舎人の姿とのことです。

北野天満宮

 楼門の向かって右側にある随神像(上の写真)は右大臣菅原道真公を、向かって左側にある随神像(下の写真)は左大臣藤原時平公をかたどって作られているということです。

菅原道真公は藤原時平との政争に敗れ、大宰府に左遷されましたが、その後藤原時平が死んでから右大臣に復権しました。そのお二人が現在はこの北野天満宮の楼門に並んで置かれています。

北野天満宮

北野天満宮 北野天満宮の楼門のさきには宝物殿があり、歴史ある天満宮の数々の宝物が保管されています。
その隣には立派な神楽殿があります。大きな神社にはたいてい神楽殿がありますが、むかしから神社にはこのような娯楽がつき物だったのでしょう。
神楽殿の先に、北野天満宮の巨大な本殿の建物が見えてきました。

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(2016/04/18(月) 07:03)

 災害時の伝言掲示板
熊本城 2016年4月14日21時ごろ、熊本県で最大震度7の地震が発生しました。
気象庁によると、今のところは津波の恐れはないとのことです。
最大震度6弱の大きな余震も起こっています。

この大地震により、熊本地方では9人の方々が死亡し、1000人を超える人々が負傷したとのことです。

 大地震によって亡くなられた方々に、深くお悔やみを申し上げます。

災害が発生した現地に親族、知人があれば、だれでも電話をかけて安否を尋ねたくなります。テレビなどで地震のニュースを見て、さっそく現地に携帯電話をかけた方も多いことでしょう。

しかし、大災害発生直後はそのようなコールが被災地に多数よせられるので、被災地の携帯電話局がパンクし、まったく通話ができなくなることが多いものです。そのような際には、携帯電話から災害時伝言ダイヤルに接続して短いメッセージを録音・再生することができます。

私どもはソフトバンク社の携帯電話を利用しているので、ソフトバンクの伝言サービス について、以下に説明いたします。

ソフトバンク社の携帯電話の場合には、「Y!」ボタンを押すだけでYahoo!ケータイのトップ画面に接続されます。

1.Yahoo!ケータイトップ画面から [災害用伝言板] を選択します。

2.[登録] を選択します。

3.4つのチェックボックスから状態を選択できます(複数選択可)。
  また、全角100文字以内のコメントを入力できます。

4.入力が完了したら [登録] を押すと安否情報が登録されます。

登録されたメッセージは、ソフトバンク携帯電話および他社携帯電話、さらにパソコン等のインターネット端末からも確認できます。

伝言掲示板

 また、ソフトバンクモバイル株式会社は、2012年7月から災害時に音声メッセージをパケット通信で送ることができる 「災害用音声お届けサービス」 を提供開始しています(下の写真)。

「災害用音声お届けサービス」 は、日本国内において震度6弱以上の地震など大規模な災害が発生した際に直ちに提供開始されます。

伝言掲示板

 こちらのサービスは、短いながらも被災地の身内・知人から声のメッセージを聴くことができる点が大きなメリットといえるでしょう。

しかし、通信に要するデータ量は上記の 「災害時伝言ダイヤル」 方式のほうが少ないと考えられるので、大災害発生直後はその伝言掲示板を利用するのがよいかと思います。

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(2016/04/16(土) 07:20)

 初景滝・伊豆の踊り子
 河津七滝で、蛇滝の下、上から4番目の滝が初景滝です。高さ10m、幅7mとかなりの大きさがあり、滝の姿が美しいので、河津七滝の中でももっとも人気が高いスポットになっています。

初景滝に近くなると、道路は舗装されて幅も広くなって歩くのは楽になりました。まもなく、巨石の積み重なる渓谷の奥に、崖の上から流れ落ちる大きな滝の全景が見えてきました。

初景滝

初景滝 初景滝は、シーズンにより、また水量により姿が変わりますが、写真のように3本の筋に分かれて落下することが多いそうです。

初景滝が崖の上から流れ落ちる下には、平たい大きな滝つぼがあります。滝つぼのまわりが大きな淵になっており、暗い渓谷の奥で青い水が陽の光を受けて輝いていました。

 1926年(大正15年)に発表された川端康成の短編小説 『伊豆の踊り子』 では、主人公「私」は旅芸人の一行と次の温泉町湯ヶ野まで河津川の渓谷沿いの3里(12km)余りの山道をともにしました。

旧天城トンネルを通ってから険阻な山道を下ってきた一行は、ようやくこの初景滝の前に達して休息をとりました。滝の前には、小説の主人公「私」と踊り子の銅像が並んでいました(下の写真)。

初景滝

初景滝 私のほうは、小説に記述されているとおり一高の帽子をかぶり、紺飛白を着て袴をはいています。
踊り子のほうは、高島田でしょうか髪を高く結い上げた姿で、小さな平たい太鼓を腰に下げています。
滝の周りには、観光バスできたツアー客の皆さんが多数いて、この銅像の近くで滝をバックに盛んに写真を撮っていました。

初景滝 滝つぼから渓谷に沿って歩くと、渓流は巨石の積み重なる中を白い泡がたあてながら流れ下ります。

修善寺から旧天城トンネルを経由してこの渓谷沿いを下田に抜けるルートは南伊豆と東海道本線をつなぐ重要な役割を果たしましたが、これを歩きとおすにはやはり相当な健脚を必要としたことでしょう。

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(2016/04/14(木) 07:25)

 馬事公苑桜まつり
河津七滝 世田谷区にある馬事公苑は、さまざまな種類の桜が植えられている「桜のデパート」として有名です。その馬事公苑では毎年4月の第一土曜・日曜に 「桜祭り」 が開催されます。
例年この時期には先に開花したソメイヨシノは満開をすぎて、年によっては桜吹雪の状態になります。本年はなんとかソメイヨシノの花も楽しめました。

 苑内では、絢爛と咲き誇る桜の枝に紅白の提灯が多数つるされ、各所で照明がされて夜桜を楽しむこともできます。

馬事公苑の主たる業務である馬術競技も、当日は主馬場で全日本学生競技会が開かれ、各大学の馬術部の皆さんが日ごろきたえた見事な馬術を披露していました。

馬事公苑の中には出店が多数開かれ、子供連れのお客さんたちで大賑わいでした。また当日は好天に恵まれ、沢山出店していたフリーマーケットも活気を呈していました。

万葉公園・独歩の湯

 ポニーに乗って会場をひと巡りできるというコーナーが設けられており、子供たちの大人気の的になっていました。お昼近くになると、子供連れのお客さんの長蛇の行列ができました。

こちらでは女の子二人でポニーのたずなをとって会場の広場を歩かせています。ポニーくんはワンちゃんのようにおとなしく女の子といっしょにあたりを歩き回っていました。

万葉公園・独歩の湯

 馬事公苑の奥には美しい苑池があり、つがいの白鳥が住んでいるので人気があります。その池の周囲には、枝が長く垂れ下がる枝垂桜が5、6本植えられています。

以前、京都の桜を見に行って気がついたのですが、枝垂桜にはいろいろな種類があるようで、ソメイヨシノより早く咲くのもあれば、ソメイヨシノの後に咲く種類もあるようです。

この馬事公苑の枝垂桜は例年ソメイヨシノが満開になったころから咲き始めるタイプです。下の写真のように、4月の陽光を浴びて見事な咲きっぷりでした。

万葉公園・独歩の湯

 馬事公苑には広い芝生の馬場グラスアリーナがありますが、その横には両側に八重桜を植えた広い通路があります。例年、八重桜が満開になると、この並木道は豪華な花のトンネルになりますが、本年の桜祭りでは残念ながら八重桜はまったく開花していませんでした。

つぼみが薄赤くなってきただけの八重桜の枝に桜松の紅白の提灯がずらりと吊るされて、柔らかい春風に揺られていました。

万葉公園・独歩の湯

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(2016/04/12(火) 06:48)

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