梅の花憩いのとききく日記・ブログ
人気ランキング
  >> ホーム
  >> RSS1.0
プロフィール

yuttari7

Author:yuttari7
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

 山道の大型バス
 数年前の夏、日光の中禅寺湖から奥日光にかけて旅行したことがありました。私どもは都内から東武日光駅まで東武電車で行き、そこから東武の路線バスで山を登りました。

東武日光駅がすでに標高538mの高所にありますが、そこから標高1200mの中禅寺湖まで700m近く登ることになります。

観光バス

 今の第一いろは坂の元となった道ができ、自動車がその道路を通るようになったのは昭和初期からとされます。

その後「第二いろは坂」の建設が日本道路公団によってすすめられ、1965年(昭和40年)に完成しました。かつてのいろは坂は第一いろは坂と命名されて下り専用となり、第二いろは坂は登り専用となって登り下りが完全分離されました。

それらにより日光市から中禅寺湖畔、奥日光まで簡単に行けるようになり、日光は日本を代表する観光地のひとつになりました。

観光バス

観光バス 「いろは坂」という名前は、第一いろは坂、第二いろは坂あわせて初期には48ヶ所のヘアピンカーブがあったことからつけられたということです。
場所によっては、左の写真のようにヘアピンカーブが連続するつずら折りになっています。すぐ後に続くバスの車輪が前のバスの屋根より高く見える場所もありました。

 この難コースを平然として運転して行く東武路線バスの運転手さんたちの技量には感嘆するのみでした。

東武路線バスは、通常全長10mほどの車両を使っているそうです。しかし、いろは坂には観光事業者などが運行する大型観光バス(全長12mほど)も多数通っています。
ヘアピンカーブによってはこのような大型観光バスは通過が困難になり、切り戻ししてようやく通過したり、カーブで車両下部を擦ることもあるそうです。

今回軽井沢碓氷バイパスで事故を起こした大型観光バスの運転手は、12mクラスの大型車両の運転経験があまりなかったとのことです。
このような事故の再発を防ぐには、難コースを走行する場合は運転手の技量を厳しくチェックする必要があるのでしょう。それとともに、難コースでは12mクラスの大型観光バスの走行を規制することも検討するべきかと思います。

ニュース | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2016/01/31(日) 07:15)

 飛鳥山公園冬景色
 1720年(享保5年)、徳川吉宗が、庶民が安心して花見ができる場所として王子・飛鳥山に桜を植えるように命じました。その後、飛鳥山は江戸の行楽地の一つになり、明治6年(1873年)には上野公園などとともに日本最初の公園に指定されました。

1883年(明治16)には文明開化の象徴である鉄道が上野・熊谷間に開通しましたが、それが現在の東北本線・高崎線のはじまりとなりました。その鉄道で、上野の次の駅として王子停車場が誕生しました。

飛鳥山公園

 当時、王子周辺は一農村から近代工業地帯へと変貌を遂げつつありました。渋沢栄一の提唱により1875年(明治8)に抄紙会社(後の王子製紙)がこの地区に開業しました。

飛鳥山は、桜の名所として、また「東京開化名所」として大いににぎわうようになりました。現在は、東京都北区滝野川一丁目に都電荒川線の飛鳥山停留場が設けられています。都電荒川線は. 飛鳥山から王子駅前までは道路上の軌道を走るため、下の写真のように飛鳥山のふもとを都電と自動車がいっしょに走る姿が見られます。

飛鳥山公園

飛鳥山公園 2009年(平成21年)、飛鳥山にスロープカー「飛鳥山公園モノレール」が開設されました。
東京都北区が運営する斜行モノレールで、だれでも無料で乗れます。
かたつむりに似た形状の車両は、アスカルゴという愛称で呼ばれています。
アスカルゴは標高差17mを16人の乗客を乗せてゆっくりと登ります。

 飛鳥山公園の中には、3つの博物館があります、
北区飛鳥山博物館は地域の郷土資料を展示しています。
紙の博物館は、日本最初の洋紙工場だった旧王子製紙の収蔵資料を引き継いだ製紙記念館です。
渋沢史料館は、同地に本邸を構えていた実業家渋沢栄一に関する資料を収蔵展示する博物館です。

飛鳥山公園入口には岩山を模した石組みに大噴水が置かれています。大噴水のまわりは膝ぐらいの深さの水遊びエリアになっており、夏にはちびっ子たちが集まって大騒ぎになります。

飛鳥山公園

 公園の広場には、東京都交通局6000形電車 6080号が静態保存されています。1949年(昭和24年)、太平洋戦争終了後最初に製造された車両だそうです。
この電車は昭和53年まで飛鳥山公園わきの荒川線を走って乗客を運んでいましたが、その後は飛鳥山公園で子供たちの相手をしながらゆっくりと余生を過ごしています。

飛鳥山公園

散策 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2016/01/29(金) 06:59)

 厳寒の花々
シクラメン 私は旅行・四季の花などの写真サイト花景ギャラリーも運営しています。その中からこの厳寒に咲く花々を掲載します。

日本では、クリスマスの花というとシクラメンがまずあげられます。花の種類が少ないこの時期、クリスマスにふさわしい華やかさがある花というと、他にはほとんど見当たりません。

ガーデンシクラメン この花は比較的丈夫で一般家庭でも長期間元気に咲いてくれます。

ガーデンシクラメンは、耐寒性のある原種のシクラメンを元に育成された小型のシクラメンで比較的耐寒性が強いので、冬の屋外でも楽しむことができます。
花色は、白やピンク、赤などがあり、高級感のある八重咲きも人気です。

クリスマスローズ クリスマスローズは、冬枯れのさびしい花壇に彩りを与えてくれる有難い草花で、近年、愛好家が次第にふえています。
シンプルな一重咲きや豪華な八重咲き、可愛らしいアネモネ咲きなどさまざまな花形があります。
花色は、白、赤紫、アプリコット、クリーム色などに加え、黒、黄色なども店頭に並ぶようになりました。

パンジー パンジーはスミレ科の植物で、晩秋から春にかけて次々に咲きます。
主に欧米で改良が進められました。花色はかなり豊富で、白、黄、青、紫、ピンク、オレンジ色、赤などがあり、さらに複色咲きやフリル咲きなどもあります。
日本には江戸時代から渡来したとのことで、当時は「三色すみれ」と呼ばれていたそうです。

ユリオプスデージ ユリオプスデージーは、小さいうちは草花のような姿ですが、年を経ると茎は太くなり表面がごつごつした潅木の姿になります。
冬から春の花の少ない時期に一重の鮮やかな黄色い花を咲かせます。
花径は3cm-4cm、性質は強健で寒さにも強いので、平地や暖地では露地で低木状に茂った株もよく見られます。

季節・年中行事 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2016/01/27(水) 06:43)

 新春の神田明神
神田明神 縁結び、商売繁盛の神社として有名な神田明神は、JR御茶ノ水駅聖橋口より徒歩5分、湯島聖堂の東側にあります。
平将門を崇拝していた徳川家康が、江戸に幕府を開いてから当社に神領を寄進して大いに援助しました。
以降、当神社は、お江戸の中心地神田のシンボルとして下町の庶民信仰の対象となりました。

神田明神 当神社の正式名称は「神田神社」ですが、一般には「神田明神」と呼ばれています。明神(みょうじん)とは、日本神道の神号の一つだそうです。
表通りから大鳥居をくぐると、正面に「随神門」と呼ばれる朱塗りの壮大な楼門が見えます(左の写真)。
随神とは、神社の社殿や社地を守り、邪悪なものが入るのを防ぐ神です。

 随神門は、昭和天皇御即位50年の記念事業として新たに再建したもので、総檜・入母屋造、二層建ての壮大な楼門です。
随神門の左右には、朱塗りの柱の間に下の写真の立派な随神像が置かれていました。外側正面から見て、右は豊磐間戸神、左は櫛磐間戸神を安置しているそうです。

神田明神

神田明神 随神門を通って境内に入り、振り返ると随神門の内側の造りが見えます。
内側の左右には、氏子総代により奉献された神馬一対を置いています。
随神門の外回りには四神(朱雀・白虎・青龍・玄武)、内側には「因幡の白兎」などだいこく様の神話をモチーフにした彫刻を飾っているそうです。

 随神門を通って境内に入ると、正面に巨大な銅張り屋根を持つ神田明神社殿がそびえていました(下の写真)。神田明神は、江戸時代に幕府により社殿が造営され、江戸の守護神 「江戸総鎮守」 として篤い崇敬を集めました。

その社殿は1923年の関東大震災により焼失し、その後昭和9年に当時としては神社建築として画期的な鉄骨鉄筋コンクリート造、総朱漆塗の社殿が再建されました。

太平洋戦争末期に東京神田地区は空襲により焼野原になりましたが、神田明神社殿は鉄骨鉄筋コンクリート造のおかげで軽微な被害に留まったということです。

神田明神


散策 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2016/01/25(月) 07:29)

 新春の亀戸天神
 天満宮は、平安時代の学者・政治家菅原道真公を天神として祀る神社です。京都・大阪には天満宮が多数ありますが、東京には大きな天満宮はほんの数ヶ所しかありません。

その一つ、東京都江東区にある亀戸天満宮を訪れました。社殿は九州太宰府天満宮にならったという壮麗な造りで、境内の高い場所に置かれています。社殿には回廊がめぐらされており、そこから境内の楼門、庭園や心字池と呼ばれる池などが広々と見渡せます。

17世紀後半、明暦の大火からの復興事業を進めていた江戸幕府は、現在の社地を寄進し鎮守神として亀戸天満宮を造営させました。

亀戸天神

 菅原道真公は九州大宰府で失意のうちに没しましたが、後にその地に大宰府天満宮が建立されました。亀戸天満宮の境内は大宰府天満宮にならって造られたとのことで、心字池という大きな池があり、そこに3つの橋がかけられています。

亀戸天神は昔から心字池のほとりにある藤が有名で、5月ごろのシーズンには遠方からもたくさんの見物客が集まります。その藤棚も、現在は下の写真のように藤棚はわずかに黄色の葉が残るだけでした。
初冬の明るい空のもと、池にかかるたいこ橋の朱色が藤の黄色い葉にあざやかに映えていました。

亀戸天神

成人式 2012年5月に亀戸の隣町東京都墨田区押上に東京スカイツリーが電波塔・観光施設として開業し、このあたりの下町のイメージは一変しました。    
亀戸天神の境内から、写真のように、社殿の屋根越しにそそり立つスカイツリーが見られます。
新年は亀戸天神に参拝してからスカイツリーに向かうという人も多いでしょう。

亀戸天神 天神様は学問の神様とのことで、毎年2月ごろの受験シーズンには亀戸天神は合格祈願の参拝客で大賑わいとなります。
受験シーズンまであと1ヶ月ほどになり、境内には受験生らしい人の姿もかなり見られました。
学問の神様への願いから、境内の一角にはご覧のように多数の絵馬がかけられていました。

亀戸天神 菅原道真公が大変梅の花を愛したのにちなみ、亀戸天神の境内には約300本の梅が植えられています。それらが満開となる2月には、亀戸天神では「梅まつり」が開催され、多くの梅見客でにぎわいます、
例年になく暖かい日が続く本年ですが、私どもが行ったときは心字池のほとりに早咲きの梅が数本花をつけているだけでした。

散策 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2016/01/23(土) 07:34)

 軽井沢のバス事故
 1月15日午前1時55分ごろ、長野県軽井沢町の国道18号線碓氷バイパスの入山峠付近で、スキー客39人を乗せた大型バスがガードレールを突き破って道路脇の斜面に転落し、横転しました。

旧玉電 同大型バスは14日午後11時にに東京都渋谷区原宿を出発し、長野県飯山市の斑尾高原のスキー場に向かっていました。
バスは斜面に転落したのち、3本の大木に激突し、横転して大破しました。
この事故で、大学生などスキー客と運転手2人を含む男性10人、女性5人の計15人が死亡し、大学生ら25人が負傷しました。

 インターーネットで調べると、最近は東京都内から各地の観光地に向かうバス便はルートがさまざまで本数も非常に多いのに驚きます。
私どももときどきそのような直通観光バスを利用しますが、東京都内の主要駅の近くからバスに乗り込んでホテルの玄関先まで直接行ける便利さは実にありがたいものです。

特にスキーツアーのバスの場合は、いったん東京都内でバスに乗り込めばあとは重いスキーをかついで歩かなくてもスキー場の近くのホテルにつけるというメリットは大変大きいと思います。

また、そのような直通バスを利用したツアーの料金は、概して電車で行く場合よりやや割安に感じられます。それらがアッピールして、直通スキーバスの利用が伸びているのでしょう。

さて、その事故を起こした大型バスは、最終目的地が長野新潟県境の斑尾高原とあって、下の地図に見られるように、JR東日本新幹線軽井沢駅の南を西に向かって走行していました。
同大型バスが出発前に届けたコースでは上信越高速道路を通ることになっていましたが、なぜか実際には同大型バスは一般道である国道18号線碓氷バイバスを走行していました。
碓氷バイバスのつずら折りが続く山地を抜け、緩やかな下り坂になったところで、今回の事故が起きました(下の地図の赤丸)。

バス事故

 私は、毎年のように群馬県草津町にでかけますが、その際は新幹線軽井沢駅から路線バスで草津まで行き帰りします。その関係で軽井沢周辺で路線バスに乗るjことが多いのですが、確か10年ほど前に今回事故が起きた場所を通ったことがありました。
ゆるやかな下り坂で道幅も狭くないところだったと記憶しています。とてもベテランのバス運転手が事故を起こすような場所には思われません。

また、当日は天候もよく道路は凍結していませんでした。警察の調査で同バスはかなりのスピードを出していたのがわかったそうですが、特に急ぐ理由もないのになぜスピードを出して走行したのでしょうか。

亡くなられた15人の方々のご冥福を心よりお祈りします。今回の大型バス事故の原因を調査し、このような悲惨な事故が二度と起こらないようにしてほしいと思います。

ニュース | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2016/01/21(木) 07:00)

 世田谷ボロ市2016新春
世田谷ボロ市2016新春 世田谷ボロ市は、東急世田谷線上町駅の近く、通称「ボロ市通り」で毎年12月、1月の2回、2日間ずつ開催されます。
2016年1月のボロ市は、さいわい快晴無風の好天気になりました。
ボロ市は、江戸時代の古着やぼろなどを売買する市がルーツで、現在も和服、襦袢、帯止めなどが多く売買されています。

 骨董などが多いボロ市の中で、色鮮やかな長襦袢のコーナーがありました。女性客が足を止め、長襦袢の手触りを確かめていました。

ボロ市は世田谷の最大の年中行事で、例年一日に20万人以上のお客が来場します。さして広くないボロ市通りは、下の写真のようにお客でいっぱいになって身動きもできないほどになります。

世田谷ボロ市2016新春

世田谷ボロ市2016新春 ボロ市通りに面している世田谷代官屋敷は、日ごろは黒い門を閉ざしていますが、ボロ市などのお祭りの時は門を開き、お祭りにきた客が門を自由に通って代官屋敷に出入りできるようになります。
今回も代官屋敷はボロ市通りに面した門を開き、門の前に「祝」という大提灯を掲げて世田谷ボロ市を祝っていました。

世田谷ボロ市2016新春 骨董の露店も、たくさん出店していました。陶器、鉄器などなど、よくもこれだけ集めたと思うほどです。

なんと、ガラス蓋つきの箱に入った大きな蝶の標本が売られていました。
素人の私にはわかりませんが、このケースの中には希少な熱帯の蝶もピンで留めて納められているかも知れませんね。

世田谷ボロ市2016新春 ボロ市通りから世田谷通りに出たところで、目の前を歩いている女性が大きなリュックを背負っているのに気がつきました。

骨董屋さんがボロ市でさまざまな商品を仕入れて帰るところのようです。
リュックから長いものが飛び出していたので訊ねたところ、掛軸を数点買い求めたとのことでした。

季節・年中行事 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2016/01/19(火) 07:25)

 世田谷区の成人式
 世田谷区では、例年1月11日、区役所庁舎の中庭で「成人の集い」を開催しています。当日朝、東急世田谷線世田谷駅から歩いて5分のところにある世田谷区役所には、新成人の皆さんやそのご両親たちが続々と集まり始めました。

新成人の女性は、大多数が振袖姿で大きなショールをかけ、アップに結い上げた髪形です。男性の方は、黒っぽいスーツを着た人が大多数でしたが、一部羽織袴の人も見かけられました。

成人式

 余計なお世話ですが、スタイルのよい女性ならスーツを着用してここに登場したら会場の注目を集めると思うのですが、いかがでしょうか。

学校を卒業して以来会っていない友達を見つけたのでしょうか、会場の方々で黄色い声で旧交を温めあっていました。同じ新成人の友達を探しているのか、会場の中で携帯電話をかけている人が多数いました。

成人式

成人式 友達やお仲間を見つけると、走りよって弾んだ声で話を始めます。それが一段落すると、お互いにデジタルカメラや携帯のカメラで撮影をしていました。
たしか数年前は成人の日に雪が降ったことがありましたが、本年は東京地方は概して気温が高い日々が続いており、この日もさいわい快晴無風の好天気になりました。

成人式 こちらの新成人の男性は、羽織袴を着用して手には大きな扇子をもっています。頭はきれいに剃ったスキンヘッドで、新春の陽を受けて光っていました。
仲間の新成人たちに囲まれて、盛んに冷やかされているようです。
突然、彼は扇子を広げても高くかざし、大きな声を張りあげて詩吟のようなものを唄いはじめました。

目黒不動 人があまり集まらない大木の陰から、広場のあちこちをそっとうかがっている女性を見かけました。
やはり新成人の一人らしく、美しい振袖を着て、アップにした髪には赤い髪飾りをつけています。
でも、広場の中のお仲間たちに近寄る気配はありません。本命の彼がこの会場に来ているかどうかを
探しているのでしょうか。

季節・年中行事 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2016/01/17(日) 06:32)

 旧玉電と青ガエル
 1907年(明治40年)に渋谷区道玄坂上と世田谷区二子玉川園駅を結ぶ電鉄「玉川線」が運行を始めました。その後、玉川線は途中の世田谷区三軒茶屋駅と下高井戸駅の間を結ぶ路線も開通しました、

玉川線は当初は砂利輸送が主な仕事でしたが、やがて沿線人口の増加につれて地域輸送が主体になりました。

旧玉電 渋谷道玄坂上と二子玉川間の玉川線は、玉川通り(国道246号)を通行しました。左の写真は現在の駒沢公園の近くを走行中の玉川電車の姿です。
しかし、昭和30年代以降の高度成長期には自動車交通の渋滞に巻き込まれて運行が困難になり、ついに1969年(昭和44年)に廃止されました。

 世田谷区三軒茶屋駅と下高井戸駅の間を結ぶ路線は、専用軌道が整備されてその後も存続し、現在の世田谷線になりました。

玉川線末期に使用された車両のうち87 - 90号は、それほど使用しないまま1970年に江ノ島鎌倉観光(現・江ノ島電鉄)に譲渡され、同社の600形として使用されました。

同電車は江ノ電では一番大きな車両として活躍しましたが、新型車両の導入に伴い、1990年(平成2年)に引退しました。その江ノ島電鉄601Fの601号(元2代目87号)は世田谷区宮坂区民センター(世田谷線宮の坂駅前)に一般公開されています(下の写真)。

旧玉電

 1969年に渋谷区道玄坂上と世田谷区二子玉川園駅間の玉川線が廃止された後、1977年には地下鉄「新多摩川線」が開通しました。2000年にはその電鉄の名称は「田園都市線」に統一されました。

渋谷駅田園都市線出口からすぐ、ハチ公の近くに緑色の電車が置かれています。旧玉川線の最後に使われた「5000系」の車両を観光案内所に利用したものです。5000系車両はその愛らしいスタイルから青ガエルと呼ばれたことから、「青ガエル観光案内所」として親しまれています。観光案内所の中は当時の電車の内装そのままになっています。

旧玉電

 5000系車両は1977年(昭和52年)より長野電鉄への譲渡が開始されました。デハ5001号(下の写真)は譲渡先の上田交通で1993年に廃車となった後、静態保存のため東急に返却されました。

その後、同車両は、車体後部をカットし、台車や床下機器を取り外され、2006年(平成18年)10月26日から渋谷駅ハチ公口で昔の渋谷駅の写真とともに展示されています。

旧多摩電

 5000系車両は東急線からは1986(昭和61)年に引退し、その一部が九州・熊本電鉄に譲渡されました。各地で第二の人生を歩んでいた5000系車両はしだいに引退し、2015年3月以降、5000系車両の生き残りはこの熊本電鉄5101A号車ただ1両のみとなっていました。

 しかし熊本電鉄は、2016年1月8日、老朽化のため5101A号車「青ガエル」(下の写真)を2月14日に引退させると発表しました。

この最後の「青ガエル」は、今後の運転は1月10日から2月14日の間の7日間が予定されています。引退後、この「最後の1両」は熊本電鉄の北熊本駅で保存される予定だそうです。

旧玉電

その他 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2016/01/15(金) 07:10)

 年末の目黒不動
 東急目黒線不動前駅の近くにある目黒不動尊は、古くから浅草の浅草寺と並んで東京の庶民信仰の中心になっています。

古くから「目黒不動尊」と呼ばれているのは、同じ境内にある泰叡山瀧泉寺という天台宗のお寺の不動堂です。現在では、瀧泉寺というお寺の名前より「目黒不動尊」のほうがはるかに有名になっています。

年末の目黒不動尊に参拝に行きました。山門から入ると、境内は広大で、大きな広場の奥に高い石段がそびえていました。それを登ると、壮麗な不動堂の正面に出ました。その前にある香炉から白い香煙が立ちのぼっていました。

目黒不動

目黒不動 目黒不動尊は関東ではもっとも古い不動霊場で、境内にはさまざまな仏像や石碑などがあります。
不動堂右側には「延命地蔵尊」(とげぬき地蔵尊)が鎮座されています。錫杖(しゃくじょう)をもって堂々とした姿ですが、座っているお地蔵さまは珍しいそうです。なお地蔵さまは「菩薩」で」不動明王より上のランクの仏さまです。

目黒不動 左は「愛染(あいぜん)明王」の石像です。愛染明王は、「煩悩と愛欲は人間の本能で、これを断ずることは出来ない、むしろその本能を向上心に変換して仏道を歩ませる」とする功徳を持っているそうです。
六本の手を持ち、大きな光背を背負ったすさまじい姿ですが、縁結びの仏様としても信仰され、参拝者が絶えないということです。

目黒不動 不動尊本堂の裏に露座の大日如来坐像(銅造)が祀られています。江戸初期の制作で、大衆の寄進により建立されました。
仏教では大日如来が宇宙全体の象徴とされ、不動明王はその大日如来の化身と位置付けられています。
ここでは大日如来は、不動明王を前面に出して自分はその背後で静かに座しておられます。

目黒不動 境内の広場に小さい赤鳥居があったので行ってみると、赤鳥居の中に池があり、その奥に小さな弁天堂がありました。
この弁天堂の中には、山手七福神の一つ「恵比寿神」が祀られています。恵比寿神はもともとは海運の安全を司る神様でしたが、現在では商売繁盛・福運の神様としても信仰されているとのことです。

散策 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2016/01/13(水) 07:24)

次のページ
copyright © 2005 憩いのとき all rights reserved.
Powered by FC2ブログ. / PHPウェブログシステム3 / ネットマニア