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 神宮外苑・観兵榎
 地下鉄銀座線の外苑前駅で下車し青山通りを少し歩くと、 四列の銀杏並木のある広い通りが北に向かって開けます。
銀杏並木通りのはるか先に見える丸屋根の聖徳記念絵画館に向かって歩いていくと、日の丸球場という広いグラウンドに突き当たります。
日の丸球場に沿って右に曲がると、道路の右側に高い樹木が繁った中に広場が見えてきました。

観兵榎

観兵榎 11月から12月にかけてのイチョウが黄葉する時期には銀杏並木通りは大変な人出となりますが、この森のあたりは訪れる人は少なく、広場はしんと静まりかえっていました。
森にはかし、なら、えのきなど落葉樹の巨木が多く、みごとに黄葉したこずえから初冬の陽光が広場のすみずみまでに降りそそいでいました。

観兵榎 広場の中央に大きな自然石の碑が立っているのが見えました。近寄ると、碑面には「御観兵榎」と刻まれてありました。
昔、この地には陸軍の「青山練兵場」がありました。当地で行われた観兵式の際に明治天皇の御座所が碑の後ろにある榎の木の近くに置かれたことから、この木が御観兵榎と呼ばれるようになりました。

観兵榎 「御観兵榎」石碑の書には、「伯爵西郷従道」と署名がしてありました。西郷従道は西郷隆盛の弟で、明治政府で陸軍卿、海軍大臣、内務大臣などの要職を務めた人です。

この石碑が立てられた当時からの榎は1995年に台風で倒れ、現在石碑の後ろにある榎はその後植樹された2代目とのことです。

観兵榎 明治神宮外苑は、関東大震災後の1926年(大正15年)に青山練兵場の跡地に創建されました。
その際は旧青山練兵場周辺の施設、樹木はあらかた撤去・伐採されましたが、この森の巨樹はそれを免れて現在まで存続してきたのでしょう。
百年の森の奥深くまで分け入って、初冬の陽光に映える黄葉を愛でました。

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(2015/12/28(月) 07:17)

 東京のクリスマスツリー
クリスマスツリー 東京銀座の宝飾店ミキモトは、この時期になると店頭に大きなクリスマスツリーを立てていました。銀ブラを楽しむ人々は、このシーズンはそのツリーの前にたたずんでクリスマスを祝いました。
ところがミキモト本店は建て替えをすることになり、ジャンボクリスマスツリーの展示は昨シーズンが最後となりました。

クリスマスツリー 今年からは、銀座通りでミキモトの隣の山野楽器がクリスマスツリーを継承することになりました。
山野楽器の社長と幼稚園から大学まで一緒だった長嶋一茂さんのすすめによって継承をきめたそうです。
山野楽器の店頭に立てられた新クリスマスツリーは青色LEDをふんだんに使った新感覚のデコレーションだそうです。

なんてん 私の最寄駅の駅前には、毎年、イルミネーションつきの大きなクリスマスツリーを立てていました。このもみの木は群馬県の森から伐りだされた樹齢30年ぐらいのものだそうです。
数年前の11月末のある日、駅を出たところ、ちょうどそのクリスマスツリーをクレーンで立てて、クレーンの上から盛んに飾りつけをしていました。

クリスマスツリー クリスマスツリーの飾りつけがある程度進むと、豆電球を点灯し、少し離れたところから見てまたいろいろと調整します。
担当の業者さんがクレーンに乗ったり降りたりして忙しく働いていましたが、その奥さんが現場で細かい作業を手伝っていました。
奥さんと子供さんをクリスマスツリーの前で記念撮影させていただきました。

クリスマスツリー 次の日に駅前を通ったところ、広場にみごとなイルミネーションつきのクリスマスツリーが設置されていました。ツリーの一番上には大きな赤いリボンが飾られていました。
しかし、その後、このクリスマスツリーは立てられないことになりました。森の大樹を伐ってツリーに使うのは環境保護の観点から好ましくないのでしょう。

季節・年中行事 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2015/12/16(水) 07:02)

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