梅の花憩いのとききく日記・ブログ
人気ランキング
  >> ホーム
  >> RSS1.0
プロフィール

yuttari7

Author:yuttari7
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

 ニューアーク空港に到着
ニューアーク空港 さらに一時間あまりニューヨークに向かって飛行すると、飛行機の眼下に大きな川が見えました。

このあたりはもうカナダ中央部、五大湖の北で、大小の湖や大きな川が交錯する大湿地帯になっています。左の写真のように、川の中にニューヨークのマンハッタン島を思わせる大きな中州がありました。

 このあたりはすでにカナダから国境を越えてアメリカに入ったところで、農耕地帯なのか、一面に広い畑が連なっているなかに道路が整然と通っており、ところどころに家があるのが見えます。

北国の秋は早いようで、ほうぼうの畑もその周囲の森も紅葉が進行して、明るい陽光のもと、鮮やかに輝いていました。

ボストン

 成田から13時間あまり飛行して、ようやくニューヨークの西部、ニュージャージー州にあるニューアーク国際空港に着陸しました。ニューアーク国際空港はニューヨーク市街地中心部に最も近い空港で、コンチネンタル航空がハブ空港として使用しています。

私はアメリカに行くのにコンチネンタル航空機を利用したのは今回が初めてで、ニューアーク国際空港を利用したのも初めてでした。
飛行機を降りてからコンチネンタル航空のゲートの外を見たところ、ボーイング777など巨大な飛行機がずらりと10機ほども並んでいたのに驚きました(下の写真)。

ボストン

 ゲートの外に出て、手荷物を受け取ってから税関を通り、入国手続きをします。その後、ニューアーク空港の国内線ターミナルに向かい、国内線のゲートの前でチェックインの開始を待ちました。

この空港には3つのターミナルがあり、それぞれのターミナルビルはエアトレインと呼ばれるモノレール・システムで接続されています。
各ターミナルビルの3階にエアトレインの発着所があります。私どもがボストンへの飛行機を待っている間に、エアトレインが何回か高架軌道を通って私どもがいるターミナルビルに出入りするのが見られました。

ボストン

 ボストンに向かうコンチネンタル航空の飛行機は、中型ジェット機のベストセラーとされるボーイング737でした(下の写真)。
ボーイング737にはいくつかのタイプがありますが、もっとも大型のものでは座席数が200ほどもあるということです。

ボストン-ニューヨーク間は、直線距離では350kmほどしかありません。大型ジェット機では離陸後登りきらないうちに着陸のために下降を始めるということになり、大変不経済です。そこで、ボーイング737のような中型ジェット機が使われることが多いのです。

ニューアーク空港

海外旅行 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2015/10/31(土) 07:29)

 VW社のディーゼル車
 本年9月中旬、アメリカ合衆国環境保護庁(EPA)はドイツ「フォルクスワーゲン社」のディーゼル車が米国におけるディーゼル車排ガス規制に関して不正を行ったことを公表しました。

現在のディーゼル車には排気ガスを浄化する触媒装置が搭載されており、その装置の動作をコンピュータで制御できるようになっています。

深大寺 この触媒装置は実はかなりエンジンにとって負担になっており、触媒を動作させるとディーゼル車の出力が低下したり、燃費が悪化したりします。
日本、欧州、アメリカではそれぞれディーゼル車の排出ガス規制法があります。

コスモス それら規制法では、いくつかの運転モードのもとでの排出ガス(CO、NMHC *、NOx、PM)の量の上限が定められています。

フォルクスワーゲン社は、その排出ガス規制運転モードに入ったのを検出し、その場合だけ触媒装置を動作させるソフトウェアをコンピュータに搭載することでアメリカでの排出ガス規制をパスしたのです。

深大寺 フォルクスワーゲン社は、ディーゼル車を主力として世界中で販売を伸ばしてきました(左図)。
これまでアメリカではディーゼル乗用車はほとんど普及していませんでした。近年になってヨーロッパのディーゼル車メーカーが低燃費、低CO2排出をアッピールしてアメリカのディーゼル乗用車の市場開拓を計った結果、次第にアメリカでもディーゼル乗用車が増加しつつあります。

深大寺 アメリカは、伝統的に消費者の権利意識が強い国です。これまでも、さまざまな分野でいわゆる「うそつき商品」を糾弾する活動が行われてきました。

アメリカでは、フォルクスワーゲン車はトップブランドとして他社製品より高く販売されているそうです。それが裏切られ、購入者の怒りが噴出しました。

深大寺 フォルクスワーゲン社はナチスの「国民車」の製造を始めて以来、80年近い歴史を有します。
現在では、日本のトヨタ自動車とならび、世界の自動車産業をリードする大メーカーになりました。
その会社がどうしてこれまで築いてきた信用を一挙に失墜させることになったのか、私にはまったく理解できません。

ニュース | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2015/10/29(木) 07:06)

 青山墓地の秋
青山墓地 港区青山は、若者の街渋谷のすぐ隣で、最近はコンピュータ関係の企業がたくさん集まっていることで有名です。そこにある「青山霊園」は、明治7年に開設された東京都立の共同墓地で、明治時代の小説などに「青山の墓地」としてよく登場しています。

今回はこの都立青山霊園についてレポートします。

青山墓地の外側をめぐる道路を歩くと、歩道の位置が高くて墓地の塀越しに墓地の内部が見えるところがあります。霊園内には下の写真のように高い樹木が生い茂り、明治時代初めに霊園が開設されて以来130年あまりの年月の長さを示しています。

霊園内には幅の広い通路が縦横に走っており、隅々まで管理が行き届いていて雑草が茂っているような場所はほとんどありません。

青山墓地

カラス 青山霊園入口の大きな門を入ると、霊園の管理事務所があります。

まずその管理事務所に行き、「青山霊園案内図」というパンフレット(50円)を購入しましょう。

そのパンフレットには著名人のお墓のリストと場所が掲載されており、霊園創設以来約130年の重さを実感させられます。

青山墓地 広大な青山霊園には多数の出入口があり、また自動車が通り抜けられる幅の広い道路が縦横に通っています(下の写真)。

霊園の中にはソメイヨシノの大木が多く、春の開花時には東京区部では有数の桜の名所になります。
10月下旬の現在は、桜並木はご覧のように静かに黄葉しつつありました。

青山墓地左の写真は、管理事務所の近くにある 『暗夜行路』 などの小説で有名な作家志賀直哉の墓です。
志賀家は足尾銅山の開発にかかわった実業家の家系ということで、鉄柵に囲まれた墓所でした。
直哉は内村鑑三の元で長年キリスト教の研究をしましたが、遺言により通夜は行わず無宗教葬儀でここに葬られたそうです。

散策 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2015/10/27(火) 06:51)

 ダブル台風の多発
ダブル台風  本年9月初め、南方海域で台風17号、18号が相次いで発生しました。
二つの台風は、次第に北上して日本列島の近くで接近しつつあります。台風18号のぽうは、9日に本州に上陸する見通しです。

また台風17号のほうは、約20日間もこの海域をゆっくり移動していて、その間勢力が衰えていません。

ダブル台風 気象衛星が撮影した雲の写真を見ると、二つの台風の大きな渦巻きが接近していて、その北側に日本列島を覆う大きな前線があるのがわかります。

このような状態になると、三つの大きな雲のかたまりがお互いに影響しあって動きが遅くなり、日本列島では長期にわたって大雨が降ることもあるそうです。

 10月中旬には、今度は二つの台風24号、25号が日本南方の海域で発生し、次第に北上しはじめました(下の写真)。通常なら台風があまり発生しなくなるこの時期に、また「ダブル台風」の襲来です。

今年は、4月の「台風4号・5号」をはじめとして現在発生中の「台風24号・25号」まで11回の複数台風がありました。今年、台風が複数個同時に発生していた期間は、合計すると46日(10月16日現在)です。

長年の平均ではこの日数は一年間に約31日とのことで、今年は平均の1.5倍ほどにも達することになります。これも地球温暖化が進行しつつあるのによるものでしょうか。

ダブル台風

 本年7月には3つの台風9号・10号・11号が同時に発生し、「トリプル台風」として話題になりました。日本ではトリプル台風はほとんど起こりませんが、インド洋やカリブ海などではかなり見られるそうです。

下の写真はカリブ海からメキシコ湾にかけて発生した3つのハリケーンが北アメリカに上陸しつつあるときの様子です。

ダブル台風

ニュース | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2015/10/25(日) 07:09)

 目黒さんま祭り (3)
目黒さんま祭り  毎年9月はじめにJR山手線目黒駅前で「目黒さんま祭り」が開催されます。
本年はさいわい快晴無風の天気に恵まれ、目黒通りぞいの会場は大勢の来訪者で賑わいました。
お昼近くになると、目黒通りの歩道はご覧のような混雑となり、サンマを焼く煙があたりに立ち込めるなか、会場整理のガードマンが声をからしていました。

目黒通りの歩道で大音響の音楽が聞こえたのでその方向に行ってみると、車道の端にライブの舞台が設けられており、女性歌手と数人のバンドが元気に演奏をしていました(下の写真)。

さんま祭りでは焼いたさんまにすだちを添えて提供しますが、それはすだちの名産地徳島から運ばれてきます。その徳島から派遣されたライブグループが演奏しているようで、皆さんの熱演に対して歩道を埋めたお客から盛んな拍手が贈られていました。

目黒さんま祭り

長時間行列に並んで塩焼きさんまをゲットしたお客は、目黒通りの歩道に設けられた食卓について、おいしいさんまを食べ始めます。夏休みで海にでも行ったのでしょうか、さんまと同じくらいこんがりと日焼けした子供さんたちも、やっと手に入れた塩焼きさんまを一心に食べています。

目黒さんま祭り

カラス なにしろさんま祭りの来訪客はこの人数です。炉で焼いたさんまは、たちまちお客さんたちの胃袋に収まってしまいます。

炉の中に炭を追加し、また鉄網をのせて次のさんまを焼き始めます。さんまから脂が出て炭火の上に滴り落ちて炭火から黄色い炎が上がり、青い煙が盛大に立ちのぼります。

目黒さんま祭り  目黒通りの歩道から少し入ったところに大根が入った段ボール箱が山積みになっていて、その前で大根おろし担当の方が仕事に精を出していました。

まず、箱から出した大根の皮をピーラーで除去します。その大根を左の写真のような機械でおろして、さんま塩焼き用の大根おろしを量産していました。

季節・年中行事 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2015/10/23(金) 07:10)

 馬事公苑の覆い馬場
稲の刈り入れ 馬事公苑は、日本中央競馬会(JRA)の総合馬術競技場ですが、東京都から都市公園として指定されています。広大な苑内には馬術競技用の馬場、グラスアリーナの他に、長い走路、厩舎などがあります。

ここには国際級の馬術競技場があり、1964年東京オリンピックの馬術競技もそこで行われました。

馬事公苑から道路一本を隔てた別敷地に同じくJRAの「覆い馬場(インドアアリーナ)」という大きな施設があります。名前の通り大きな馬場を建物の中に納めたもので、馬場の大きさは95m×42mもあるそうです。馬場の周囲には2,300人を収容する観客席が設けられています。

この施設は雨天時の予備馬場として作られたものですが、メインアリーナで競技が行われる際はその準備馬場として使われます。また、さまざまな室内馬術競技などにも使用されます。

私どもが行ったときには、なにか国際的な屋内馬術競技が行われたようで、馬場の壁には8カ国ほどの国旗が掲げられていました。

稲の刈り入れ

カラス 屋内馬場ですから、馬場はもちろんご覧のように砂でできています。
本日は公式競技とあって、馬場の四周に白い境界枠が設けられていました。

日本馬術連盟主催の競技会では「ドレスコード」というものがあって、シルクハット、黒燕尾服、白キュロット、皮長靴などの着用が定められているそうです。

シラサギ 白い枠で囲まれた馬場の中に馬を進めた演技者は、馬場内部に設けられたスピーカーからの紹介を受けた後、観衆に対して礼をし、演技を開始します。

馬場馬術競技はフィギュアスケートの「規定」に相当する定められた内容の正確さを競う演技ですが、見ているとなかなか味があって面白いものです。
シラサギ 覆い馬場の建物内には、さまざまな馬術競技用グッズを販売する売店がありました。帽子からコート、キュロット、長靴など、格好のよい商品がたくさん並べられていました。
上記のように公式の馬術競技では黒い燕尾服など黒と白の服装が指定されますが、飛越競技などでは赤や青などのコートも許可されるそうです。

散策 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2015/10/21(水) 06:42)

 ボストンの秋
 アメリカ東部海岸の大都市ボストンの近郊にはイギリスからの入植民が建設した村のモデルが造られており、当時の入植民の生活の様子を見ることができます。また、ボストンの市内には、独立戦争の記念碑やその当時からの建物などが多数残っています。

かねてより、私は、これら入植民の苦労の様子を伝える施設やアメリカ建国の記念となる建物などを見たいと願っていました。そこで、今回のアメリカ旅行は東海岸方面とし、まずボストンを訪れることにしました。
ボストンのほかに地球上でたった一つの「世界都市」であるニューヨークにも久しぶりに行くことにし、その条件でツアーを検索しました。

結局航空会社はニューヨーク西部のニューアーク国際空港をハブ空港とするコンチネンタル航空を選択し、成田からニューアーク国際空港を経由してボストンに行くことにしました。

ボストン

 コンチネンタル航空の飛行機は、双発機としては世界最大のボーイング777でした。上の写真は成田から離陸する前に撮影したものですが、2本の太い主脚にはそれぞれ6個の大きなタイヤが装備されています。ボーイング777の座席数は、最大500席ほどもあるそうです。

日本からアメリカ東海岸に行く際は、北極圏を経由して東方向に飛行するので、飛行を始めてまもなく日が早々に暮れ、その後それほど経たないうちに夜が明けることになります。

機内でしばらく寝た後、目を覚まして飛行機の窓のシャッターを少し開けると、夜明けの薄い光のなか、眼下に雪をいただいた高い山々が連なっているのが見えました。
機内の大型ディスプレーに表示される飛行機の現在位置から、アラスカはもう通過してカナダ北部に少し入ったあたり、カナディアン・ロッキーの山岳地帯かと思われました。

ボストン

さんま祭り 上の写真の場所からさらに一時間あまり飛行したころ、また飛行機の窓外を見ると、もう山岳地帯は通過してカナダ北部の大平原にかかったようでした。

明け方の青い光の中で、大きな川が丘陵の間を流れているのが見えました。川には目玉のように大きな中州があり、それを白い波が取り囲んでいました。

さんま祭り まもなく日はかなり高くなり、地上の様子がはっきりと見えてきました。飛行機は、ちょうどカナダ中央部の大きな湖の上空を飛行中のようでした。

後から地図で調べると、カナダ中央部マニトバ州に大小さまざまな湖が多数散在しているのが見られましたが、そのあたりだったのかと思います。

 下の写真のように広々とした静かな湖の上に白い雲がまばらに浮いていて、その雲の大きな影が湖面にくっきりと落ちていました。白い雲と湖面の青い影のコントラストが鮮やかでした。
地上ではかなり強い風が吹いているのか、湖面に細かいしわのように波がたっているのが上空から見えました。

さんま祭り

海外旅行 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2015/10/19(月) 07:07)

 初秋の深大寺 (3)
稲の刈り入れ 調布市の古刹深大寺を確立した天台座主慈恵大師は、正月三日に亡くなったので元三(がんざん)大師とも呼ばれます。

その元三大師を祀った元三大師堂が本堂左側の丘の上にあります。最初は平安中期に建立されましたが、その後室町時代に火災で失われ、ずっと後になって再建されました。

このお堂には元三慈恵大師の作と伝えられる御尊像をまつってありますが、それは除災招福、商家繁盛などにあらたかなご利益があるとされ、ご利益を願う人が堂前から絶えることがありません。

毎年3月3日、4日に深大寺最大の行事 「厄除元三大師大祭」 が開かれます。それにあわせて境内では大師にあやかる縁起だるま市も開かれ、「日本三大だるま市」の一つとして大変な賑わいになります。

稲の刈り入れ

カラス 本堂の左側奥に、釈迦堂というお堂があります。
後記の 「銅造釈迦如来倚像(白鳳仏)」 を安置するために昭和51年に新築された新しいお堂です。

鉄筋コンクリート造高床式で、屋根は方形(ほうぎょう)造り、銅板葺きです。
深大寺裏山に階段で登ったところ、巨樹の緑の中に建っていました。

シラサギ 釈迦堂に、関東最古とされる釈迦如来座像(重要文化財)が安置されています。深大寺の創建より約一世紀前、白鳳期に制作されたという黒い銅造の像で、椅子に座した姿をしている珍しい仏像です。

この像は、奈良時代にこの深大寺を開基した満功上人が大陸から持ち帰ったものともいわれます。

カラス 元三大師堂の裏山に、開山堂という小さなお堂があります(左の写真)。昭和58年の開山1250年の記念事業として、創建当時の奈良時代の様式で建てられたということです。
ご本尊は薬師如来、脇侍は弥勒菩薩千手観音を安置していますが、開山の祖満功上人、天台宗一祖恵亮和尚のお像も祀られているそうです。

散策 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2015/10/17(土) 06:53)

 マレーシア機撃墜の調査報告
 2014年7月17日、マレーシア航空MH17便(ボーイング777型機)は乗員乗客298人を乗せてオランダ・スキポール空港からマレーシア・クアラルンプール国際空港に向かって飛び立ちました。

同機の乗客のうち、オランダ人が192人、マレーシア人が28人で、さらに乗員15人は全員マレーシア人でした。

マレーシア機

 下の地図に見られるように、マレーシア航空MH17機は当時激しい戦闘が行われていたウクライナ東部、ロシアとの国境付近の上空を通過するコースをとっていました。
同日現地時間で午後5時過ぎ、MH17機は同地域上空約1万メートルを飛行中に何者かが発射した地対空ミサイルによって撃墜されました。

事故発生後、オランダ安全委員会が原因究明に乗り出し、墜落現場から回収したMH17機の機体の残骸や乗客の遺体などををもとに徹底した調査を行いました。

マレーシア機

 MH17機が撃墜されてから1年3ヶ月経った本年10月13日、オランダ安全委員会は 「同機がBUKというロシア製地対空ミサイルによって撃墜された」 という調査結果を発表しました。

しかし、その地対空ミサイルは現地で戦闘中の親ロシア派武装集団、ウクライナ政府軍の双方が保有しているので、どちらがMH17機に向かってそのミサイルを発射したのかは特定できないとのことです。

事故から1年3ヶ月経ってようやくこのような調査報告が行われても、犠牲者の遺族の方々はまったく納得できないと思います。

事故発生後まもなく、国連安全保障理事会は刑事責任を追及するための国際刑事法廷の設置を求める決議案を審議しました。同議案は15カ国中11カ国が賛成しましたが、常任理事国であるロシアが「時期尚早」として拒否権を発動したため、結局は否決されました。
ロシアは、同国が本事件に関与していないと主張するならば、早急に国際刑事法廷の設置に同意すべきではないでしょうか。

ニュース | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2015/10/15(木) 06:55)

 乾電池のチェッカー
 リモコンを使ってテレビの画面を切り替えようとして、リモコンがまったく効かなくなっているのに気がつきました。少し前からときどきリモコンが動かないことがあったので、これはリモコンに使っている電池に寿命が来たのだろうと判断しました。

乾電池 東日本大震災以来、私は懐中電灯、ラジオ、携帯電話を停電時に利用できるように対策を練りました。電源としては単3乾電池を利用することに決め、コンビニで国内メーカー製の単三アルカリ乾電池(4個パックで108円)を毎月1パックづつ購入しています。

乾電池 電池を多数利用していると、それらがまだ使用できるのか、それとももう消耗しているかをチェックする必要があります。
簡易な電池チェッカーが100円ショップで販売されていたので購入しました。それで動かなくなったリモコンに使っていた電池をチェックすると、左の写真のように針が1/3ぐらいまで振れました。

とんび 私どものテレビのリモコンは、単4乾電池を2つ使っています。

もう一つの乾電池をチェックすると、左の写真のように、針が半分よりやや右側あたりまで振れました。上の写真の乾電池ほどは消耗していないようです。
この前に電池を交換したとき一方の電池はやや消耗していたのでしょうか。

乾電池 左の写真は、以前、まだそれほど使用していない単3乾電池をチェックしたときのものです。チェッカーのメーターの針は2/3ぐらいまで振れました。このチェッカーは中国製のようで、そのあたりのゾーンは「多」と表示してありました。
このチェッカーは、まずまず、乾電池が使用可能かどうかを見当つける機能はもっているようです。

 インターネットで検索すると、この電池チェッカーを購入して使っているという記事がたくさん見つかりました。この電池チェッカーの蓋を開けて内部を調べたという記事がありましたが、それによると中には抵抗器が数本と簡単なアナログ電圧計が入っているそうです。

2オームくらいの抵抗器が乾電池の負荷になるように接続されており、それを通る電流を分流してメーターの針を振らせているようです。

乾電池を多数利用していると、それらが使えるかどうかを簡単にテストするチェッカーが必要になります。上記のように100円ショップで売っている簡単なものでも、うまく使えばかなり有用です。

I T・エネルギー | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2015/10/13(火) 07:30)

次のページ
copyright © 2005 憩いのとき all rights reserved.
Powered by FC2ブログ. / PHPウェブログシステム3 / ネットマニア