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 駿府城址 (2)
 駿府城址 のお堀に沿って少し歩くと、二之丸堀というお堀にかかっている橋の向こうに立派な門があるのが見えました。東御門と呼ばれるこの門は、駿府城二之丸の東に位置する主要な出入り口でした。

東御門門の両側のしっくい塀には鉄砲を撃ちかけるための狭間が設けられており、戦国時代が終わって間もない徳川初期の緊張感が感じられる造りとなっています。

現在では、本丸を囲む堀は埋められて駿府公園の一部となっていますが、二之丸堀は、築城当時のまま完全に残っているそうです。

駿府城址

駿府城址 駿府城ニノ丸の巽の方角すなわち東南角には高い櫓(やぐら)が設けられ、巽櫓とよばれていました。
この櫓は幕末に起こった地震により崩壊しましたが、平成になってから当時の様式で再建されました。

櫓は、戦のときは敵の観察、射撃の拠点として使用され、武器の保管場所という役割もあったそうです。

駿府城址 復元された巽櫓についている南門が、現在は駿府城址公園に入る正門となっています(左の写真)。

復元された巽櫓の二階は、現在は駿府城の資料館になっています。

静岡市は、明治に解体された天守台の復元を進めており、2023年には天守台がかつての姿のまま完成する予定です。

駿府城址 明治29年(1896)年に陸軍歩兵第34連隊がこの駿府城址に誘致されましたが、それに伴い、本丸堀は埋められ、天守台も取り壊されました。

駿府城址には陸軍歩兵連隊が駐屯していたのを示す石碑がおかれています。

駿府城三ノ丸跡は公共用地となり、官庁や学校などが建設されました。

駿府城址 復元された巽櫓から駿府城址公園に入ったあたりで、昔懐かしい人力車が走っているのを見かけました。これは、10年ほど前に公園内に「慶喜茶屋」をつくったのに協賛してはじまったとのことです。

城内一周二人で300円の奉仕料金で漆塗りの本物の人力車にのれるとあって人気は上々だそうです。

国内旅行 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2015/07/31(金) 07:17)

 うな丼、うな重の価格は?
日本うなぎ 大昔から日本人に親しまれてきたうなぎですが、その生活史は現在でもなお解明されない部分が多いそうです。

日本の河川、湖沼などで暮らしたうなぎは、生涯の最後の時期に川を下り、海に入ります。その後、長い時間をかけて南洋・赤道直下の深海に集結し、そこで卵を産んで受精させ、一生を終えます。

日本うなぎ うなぎの卵はほどなく孵化し、赤道直下の深海中を漂いながら成長して柳の葉のようなレプトケファルスと呼ばれる稚魚となります(上の写真)。

このうなぎの稚魚が黒潮に乗ってはるばると北上し、東南アジア沿岸に漂着します。その過程で稚魚は円筒形の体形に変わり、「シラスウナギ」となります(左の写真)。

日本うなぎ これを各地の川口などで捕獲し、養鰻池で1年かけて養殖してうなぎ成魚となります。

うなぎは荒縄を1mほどの長さにちょん切ったような体形で、川床や沼に住み着くのが似合いそうです。そのうなぎが、生涯の最後に大海に出て2000kmもにゅろにょろと南下し、マリアナの深海に大集合するとは驚きます。

日本うなぎ 1年前にはアジア各地でシラスウナギが豊漁でかなりの数量が捕獲できたということです。そこで、本年のうなぎは各産地で昨年よりはかなり養殖数が多いそうです。

本年の「土用の丑の日」7月24日は、うな丼、うな重がまずまずリーズナブルな価格で提供され、うなぎファンの皆さまはほっとしたそうです。

 しかし、本年のシラスウナギの捕獲量はアジア各地でふたたび大きく落ち込んでしまいました。したがって、来年のうなぎは各産地で本年よりは大幅に養殖数が減少すると考えられます。

残念ながら、来年の「土用の丑の日」は、うな丼、うな重の価格がふたたび高騰するのはほぼ確実となりました。

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(2015/07/29(水) 06:45)

 晴海埠頭に到着
 水上バスは、平成24年5月31日をもって晴海埠頭経由が休止になりました。この記事はその前に晴海埠頭に行ったときのレポートです。

晴海埠頭側で下船すると、水上バスがご覧のように平たい構造になっているのがわかりました。後部甲板は屋根がなく、東京湾各所の景観が遠くまでみることができます。

晴海埠頭に到着

晴海埠頭に到着 水上バス乗り場のすぐそばに一風変わった構造の大きなビルが見えました。

晴海客船ターミナルという建物で、平成8年、東京港開港50周年にオープンしました。
館内には。海沿いに伸びる歓迎デッキや付近を見渡せる展望台があります。また、ガラス張りの眺望のよい休憩スペースなどもあります。

晴海埠頭に到着 埠頭の入口近くに、作業船のような船が停泊していました。調べたところ、東京海洋大学海洋科学部が管理する海洋調査船・練習船海鷹丸(1886トン)でした。

太平洋、インド洋、南氷洋等で乗船実習教育及び調査研究を実施し、水産専攻科学生には遠洋航海を通して高度な海技教育をしているそうです。

 晴海埠頭は豪華な船旅を楽しめるクルーズ客船が寄港する場所で、東京の海の玄関と呼ばれます。国内外の美しい大型客船がここに入港し、しばらく停泊した後また出港してゆきます。

水上バス乗り場から埠頭を少し歩いて行くと、遠くに巨大な軍艦が見えてきました。海上自衛隊の護衛艦「ひえい」の雄姿です。
ひえいは排水量5050トンの大型護衛艦で、今回は海外からきた大型帆船のホスト役を務めています。

晴海埠頭に到着

晴海埠頭に到着ひえいは全長152m、乗員370名で、海上自衛隊の護衛艦としてはかなり大型です。

今回は、この海上自衛隊護衛艦も一般に開放され、艦内部の見学ができるそうです。

私は以前サンディエゴでアメリカ海軍の駆逐艦を見学したことがありますが、海上自衛隊の艦船にはこれまで入ったことはありません。

散策 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2015/07/27(月) 06:46)

 デング熱 今年も?
デング熱 昨2014年夏、東京代々木公園などでデング熱の感染が発生し、大問題になりました。

デング熱は、都市化、人口増加、海外旅行の増加、地球温暖化などにより近年発生率が増加しています。

本年6月2日、世田谷保健所はウェブサイトで「デング熱の感染に注意しましょう」と呼びかけました。

デング熱 7月19日、大阪市は、デング熱のウイルスを媒介する蚊「ヒトスジシマカ」が市内の公園や緑地10カ所で1000匹以上捕獲されたと発表しました。

関西国際空港発着の国際便の増加に伴い、デング熱が流行する東南アジアからウイルスが持ち込まれるリスクは高まっているそうです。

デング熱 ヒトスジシマカに刺されないためには市販の虫除けスプレーが有効です。長袖長ズボンを着用すれば防止効果は高まります。

幼虫ボウフラはたまり水から孵化します。水がたまりやすい植木鉢の水受け、車両のビニールシートのくぼみ、古タイヤ、放置したバケツなどは定期的に排水しましょう。

デング熱 蚊は別に強いものではなく上記のような場所では普通の殺虫剤で駆除できますが、その効果は長続きしません。

常に水がたまっている場所、水が流れている場所からの蚊の発生を抑えるには、昆虫成長制御剤(IGR)の投入が有効です。必要量の錠剤を投入するだけで、蚊の発生を約1カ月間抑えることができます。

デング熱 今後方々の公園でもデング熱の恐れがあるので、衣服は長袖に長ズボンを着用し、手足には防虫スプレーをつけるのがよいということです。

でも私は昔からこのような薬品を体につけるのは好みません。家で草取りをするときは、日本民族1000年の知恵である蚊取り線香を携帯容器に入れて腰につけます。

防災 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2015/07/25(土) 06:46)

 駒沢公園体育館
 駒沢公園中央広場の総合運動場の反対側には、シェル構造(貝殻をいくつかあわせた構造)という特色のある屋根をもつ大きな建物があります。これが駒沢オリンピック公園体育館で、1964年の東京オリンピックではレスリング競技がここで行われました、

その後1993年に大規模な改修が行われて、建物の大きさは1964年の東京オリンピック当時の1.7倍に広げられました。

現在ではレスリングの他、バレーボールの全日本インカレ、プロバスケットボールBJリーグ・東京サンレーヴスのホームゲーム、フットサル、ハンドボールなどの競技が行われています。

駒沢公園体育館

 下の写真はこの建物を高い場所から撮影したもので、建物の屋根がいくつもの「シェル」を組み合わせて構成されているのがわかります。これにより、屋根の下に柱の少ない大空間が確保されたのでしょう。

この建物の地下には「東京オリンピックメモリアルギャラリー」が設けられています。1964年の東京オリンピックを中心に、オリンピックに関するさまざまな資料を所蔵する記念館です。

日本女子バレーボールチームや陸上競技でメダリストとなった円谷幸吉など、名選手たちの活躍した場面をパネルで展示し、また、当時のハイライト映像を80インチの大型画面で鑑賞できようになっています。

駒沢公園体育館

 体育館の競技フロアは38.86m×47.4mm2の大きさで、観客席数も1993年の大規模改修で1964年の東京オリンピック当時の2898席から3474席に拡大され、日本を代表する体育館の一つになりました。

この体育館は、30,000~円/半日:1面の低料金でだれでも利用することができます。オプション料金で電光掲示板も利用できるそうです。

駒沢公園体育館

 今回私どもが行ったときは、競技フロアでは男子のレスリングの大会が行われていました。グレコローマンスタイルの試合のようで、マット上にある直径9mの円形リン内で2人の競技者が組み合っていました。

グレコローマンスタイルは3000年以上の歴史があるとされる競技で、競技者は腰から下を攻防に用いることができません。相手の両肩を1秒以上マットにつけたほうが勝者になります。

駒沢公園体育館

駒沢公園体育館 グレコローマンでは下半身を攻防に使えないため、試合は上半身での投げ技中心の展開になります。

フリースタイルのタックルのようなスピーディさはありませんが、グレコローマンの試合もさすが長い歴史を感じて面白いものです。次回東京オリンピックで日本チームがメダルを獲得できるのを期待しましょう。

散策 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2015/07/23(木) 07:04)

 アプリケーションソフトのインストール
公園の楽器 こちらのページで説明した方法で交換した新ハードディスクにWindows 8 のインストールが終了したら、次は旧ハードディスク上で利用していた各種アプリケーションプログラムの設定データや関連するデータファイルなどをUSB接続ハードディスクから新ハードディスクにインストールしなければなりません。

私の場合は、下記のアプリケーションプログラムの設定データ、関連データファイルなどをUSB接続ハードディスクから新ハードディスクに書き戻しました。

  • ウェブ・ブラウザ 
    ブラウザのインストール こちらのページで説明した方法でバックアップしておいたブックマークやカスタマイズなどブラウザの設定データは、nternet Explorerの場合は"インポート"という機能でUSB接続ハードディスクから新ハードディスクに書き戻します。
    ブラウザのインストール Firefox の最近のバージョンでは、「ブックマーク」メニュータブ --> 「すべてのブックマークを表示」 --> 「インポートとバックアップ」で新ハードディスクに書き戻します。

  • メールプログラム
    メールプログラム マイクロソフト社では"Windows Live Mail"というメールプログラムを無料で提供しているので、それをインターネットからダウンロードして利用します。メールの送受信テキストや関連データはUSB接続ハードディスクから新ハードディスクにインポートします。

    メールプログラム メールプログラム"Thunderbird"の場合は利用者がこちらのページで説明した方法でUSB接続ハードディスクにバックアップしておいた設定ファイルを新ハードディスクにコピーして利用します。

  • FTPクライアントプログラム
    FTPクライアントプログラム FTP サーバー、ウェブサーバーの URL、各種設定データなど関連データが多くあります。こちらのページで説明した方法でUSB接続ハードディスクにバックアップしておいた設定ファイルを新ハードディスクにコピーして利用します。

  • Microsoft Office のインストール
    FTPクライアントプログラム パソコンで仕事をするには、マイクロソフト社のオフィスというパッケージをよく利用します。私の場合には特にエクセルがないと仕事ができません。そこで、新ハードディスクに改めてマイクロソフト社のオフィスをインストールします。

  • その他のアプリケーションプログラム

     プログラム開発ツール、画像処理プログラム、RAW現像プログラム、テキストエディタなどのアプリケーションプログラムを新ハードディスクに改めてインストールします。それらの設定ファイル、関連データなどを外部記憶装置から新ハードディスクにコピーして設定を復元します。

  • データファイルの書き戻し

     RAW形式の撮影画像ファイル、上記プログラム開発ツールで作成したプログラムデータファイル、ウェブサイトのソースファイル、画像ファイル、各種テキストファイル、Excel、Wordのファイルなど、合計して90GB以上を外部記憶装置から新ハードディスクにコピーして復元しました。

I T・エネルギー | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2015/07/21(火) 07:18)

 梅雨後半の花々
きょうちくとう 私は旅行・四季の花を中心とする写真サイト 「花景ギャラリー」 も運営しています。そこに掲載した中から梅雨後半に咲く花々をご紹介します。

きょうちくとうは、葉がタケに似て花がモモに似ていることからこの名がつきました。
園芸品種では花の色はピンク、黄色、白などさまざまで、八重咲きの品種もあります。

ひおおぎすいせん ひおおぎすいせんは高さ70cmほどの草花で、6月ごろから長い茎の先に橙色の小さな花を多数咲かせます。

地下に球根があり、暖地ではその球根から毎年春に芽を出します。繁殖力は旺盛で、なかば野生化して道端などでも盛んに咲きます。佐賀県では移入規制種として栽培が条例で禁止されているそうです。

ぎぼし ぎぼしは、梅雨後半の時期に白、紫などの花を多数咲かせます。ぎぼしは強い日差しが苦手で、高木の下など半日陰に下向きの花を咲かせているのをよく見かけます。

花のつぼみや包葉の中の若い花序が寺院建築の擬宝珠に似ていることから「ぎぼし」と呼ばれます。春の大きな若葉はゆでて食用に供します。

むらさきくんしらん むらさきくんしらんは、梅雨どきの暗い庭の中で鮮やかな色の花を多数咲かせます。
南アフリカ原産で、日本には明治中期に渡来しました。

ユリ科の植物だそうで、確かに放射状につきだして咲いている小さな花をよく見るとユリのような形をしています。花の色は紫色が大多数ですが、白花の品種もあります。

ききょう キキョウは山野の日当たりの良い所に育ち、6月ごろから星状の花を咲かせます。

つぼみの時期は花びら同士がぴたりとつながり、風船のような形状になります。そのため英語では "balloon flower" というそうです。
園芸品種には白色や桃色の花をつけるものや、八重咲きのものもあります。

季節・年中行事 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2015/07/19(日) 06:55)

 駿府城跡
駿府城跡 7月中旬、所用で初めて静岡市を訪れました。泊まったビジネスホテルの近くに駿府城址があるのを知り、仕事が終わった後、行ってみました。

徳川家康は、天下平定後の1605年、将軍職を息子の秀忠に譲り、大改築した駿府城に住み着きました。引退したといっても家康は大御所として天下ににらみをきませました。

駿府城跡 泊まったホテルのマネージャーに教わった城址の方向にしばらく歩くと、二宮尊徳の石像を見つけました。

二宮尊徳は江戸時代18世紀末の思想家で、現在の小田原の近くに生まれました。
少年時代は薪を背負いながら本を読んで歩いたとされ、昔はその姿の石像が小学校などに立っていました。

 大御所徳川家康の隠居城だった駿府城は、家康没後の1635年に落雷により火災が発生し、天守閣、本丸御殿などが焼失しました。

平成になってから、城郭の一部「巽櫓(たつみやぐら)」と「東御門」が寛永年間の様式で復元されたということです。
近寄ると、城楼はしっかりとした石垣の上に建てられており、その下には幅広い立派なお堀がめぐらされていました。

駿府城跡

駿府城跡 駿府城跡の石垣の外側は、青い水を湛えた中堀(二の丸堀)がめぐらされています。

平成14年に、この中堀に沿い駿府城跡を周遊する歩道が開設され、「家康公の散歩道」と名づけられました。

「家康公の散歩道」には駿府城の石を活用した縁石、常夜灯、ガス燈などが設けられており、夜も散歩できるそうです。

 その遊歩道の中に「東海道中膝栗毛」の弥次さん喜多さんの銅像が立っていました。滑稽本「東海道中膝栗毛」の作者十返舎一九は、府中(現在の静岡市)で下級武士の子として生まれたそうです。

「東海道中膝栗毛」では、江戸神田の町人弥次郎兵衛は、食客喜多八をつれて当時盛んだった伊勢参りのために上方に旅立ちました。
その途中で、この府中(現在の静岡市)に宿泊したという設定になっているということです。この滑稽本は思いもかけずに空前の大ヒットとなり、パート2がつくられたそうです。

駿府城跡

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(2015/07/17(金) 07:39)

 大型帆船を見学
大型帆船を見学 私は、白い大きな帆を張る大型帆船が昔から大好きです。

東京の海の玄関・晴海埠頭で日本、チリ、インドネシアの大型帆船が見学できると知ったので、6月中旬に晴海埠頭に出かけました。

東京世田谷から晴海埠頭に行くには、JR山手線浜松町駅から海岸に出て水上バスに乗るのが便利です。

大型帆船を見学 浜松町の海岸側の地域は運河が多く、上の写真のように運河の上に高速道路がかかっているところがありました。

JR浜松町駅から10分ほど歩くと、東京港日の出桟橋の乗船口に着きました。
ここから水上バスが東京湾岸各方面に運行しています。また、伊豆七島などに向かう連絡船もここから出ています。

 水上バスは正式には東京都観光汽船水上バスというのだそうです。下の写真に示すフラットな構造のスマートな船体で、東京湾岸各所に渋滞もなく短時間で行くことができます。

日の出桟橋からは、浅草を結ぶ隅田川ライン、お台場海浜公園を結ぶお台場ライン、東京ビッグサイト・パレットタウンを結ぶ東京ビッグサイト・パレットタウンラインが運航されています。

2012年6月からは、浅草と日の出桟橋、お台場を結ぶ「ホタルナライン」も就航し、湾岸クルーズの人気コースになっています。

大型帆船を見学

大型帆船を見学 桟橋に純白のスマートな観光船が停泊していました。東京湾初のレストラン船シンフォニークラシカで、1989年から日の出埠頭を拠点として運航されているということです。

シンフォニークラシカは、先進的なフォルムにより、1989年に経済産業省の認定するグッドデザイン賞商品デザイン部門に選定されたそうです。

 水上バスに乗り込み、晴海に向かって出航しました。まもなく行く手の海上に巨大な吊り橋がかかっているのが見えてきました。
レインボーブリッジは、東京都の港区芝浦地区と台場地区(港区台場および江東区有明)を結ぶ吊り橋です。1993年(平成5年)に竣工し、同年8月26日に開通しました。

吊り橋の主要部分は長さが798mもあり、上下2層からなっています。上層には首都高速11号台場線、下層には中央部に新交通システム・ゆりかもめが、その両側に臨港道路海岸青海線が通っています。

日没後にはライトアップが行われ、吊り橋本体とそれを吊るための巨大な2基の主塔が海上に照らし出されます。

大型帆船を見学

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(2015/07/15(水) 07:27)

 駒沢公園総合競技場
オリンピック記念塔 1064年東京オリンピックの球技などが行われた場所に、駒沢オリンピック公園が造られました。

広大な敷地の中に各種グラウンドや体育館などが置かれている総合スポーツ公園です。

公園の高台にある中央広場の北側に、高さ40mのオリンピック記念塔があります。公園の電気・ガス・水道・通信を管理する中枢で、前回の東京オリンピックではここからテレビ画像が送出されました。

 オリンピック記念塔の横には、特色のある屋根をもつ巨大なスタジアムがあります。これが駒沢オリンピック公園総合運動場で、公式陸上競技場とサッカー場をかねています。

このスタジアムは収容人員20,010人のスタンド席を備えており、1964年のオリンピック東京大会ではサッカーの予選会場になりました。クラマー監督に率いられたジャパン・チームが強豪アルゼンチンを降したのが、この駒沢競技場です。

2020年に開催予定の次回東京オリンピックは、東京都臨海部に新たに建設される各種スポーツ施設で大多数の競技が行われます。したがって、現在駒沢公園にある各種スポーツ施設は今後もそのままの形で利用されることになるでしょう。

駒沢公園総合競技場

 駒沢公園総合競技場は、現在は年月を経て施設ははかなり古くなっていますが、なおさまざまな競技・イヴェントに利用されています。
全国高等学校サッカー選手権大会、ラグビー日本選手権大会、Jリーグの試合など、トップレベルの試合が開催されています。

Jリーグの試合が行われているときなどは、スタジアムの外の中央広場にいても盛んな声援が聞こえます。

駒沢公園総合競技場

 駒沢競技場では、ランニングイベントや駒沢ジュニアサッカースクールなど一般向けイベントも頻繁に開催されています。
緑豊かな都心の大公園の中にあり、交通の便もよいということで、駒沢競技場など駒沢公園内のスポーツ施設は非常に人気が高く、年間利用率は90パーセント以上に達するそうです。

陸上トラックは、団体の専用使用や整備日以外の日にはトレーニングルーム利用者に開放されています。

なお、2020年に開催予定の次回東京オリンピックでは、近代5種競技をこの競技場で行う方向で検討中だそうです。

駒沢公園総合競技場

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(2015/07/13(月) 06:57)

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