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 世田谷区の年末
世田谷区の年末 世田谷区の禅寺豪徳寺の近くにある花屋は、豪徳寺の参拝客の行きつけのお店です。その店の裏で、年の暮れの墓参りか新年の飾りに使うのでしょうか、店の人が花束を作る作業に追われていました。

日が差さず、底冷えする場所で、花屋さんもしっかりと着込んで防寒対策をして仕事に打ち込んでいました。

世田谷区の年末 家の近く、世田谷の住宅地の中に、突然年始の縁起物の門松、だいだいなどを販売する小屋が出現しました。町内に住むとび職の方がにわか造りの店を開いたようです。
中央区など下町では年末にこういう小屋が街角に多く設置されますが、私どもの町では初めてでした。小屋の前を通りかかる人が門松などを盛んに買っていきます。

来年の大河ドラマ 小田急の経堂駅に歩いて行く途中、にぎやかな声が聞こえてきました。声の聞こえるほうに行って見ると、家の庭で4、5人で餅つきをしていました。
この家のご近所何軒かで共同で行っているお餅つきだそうで、なんと何十年間も続いているということです。

東京では最近は見ることはなくなった暖かい光景でした。

世田谷区の年末 世田谷通りの中華料理店の前を通りかかったところ、赤い服を着た可愛らしいお嬢ちゃんが、お店の入り口マットをお店の前の道路に持ち出し、洗剤をかけて一生懸命棒たわしでこすっていました。

この一年間、店主に協力して大いに稼いでくれた入り口マットを、パパのお手伝いで掃除してあげているのでしょう。


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(2014/12/31(水) 06:50)

 東京天文台
 宇宙のロマンに惹かれて、かねてより名前を知っていた東京三鷹市の東京天文台を訪れました(交通は、京王線調布駅からバス15分)。
東京天文台は、関東大震災の翌年の1924年に、それまでの麻布からこの三鷹のキャンパスに移転してきました

東京天文台 その後、ここの施設は日本の天文学観測、研究の中心として利用されましたが、現在では観測の中心はハワイに建設された「すばる」望遠鏡など他の施設に移っています。

それに伴って、第一線を退いた望遠鏡など一部の施設が見学用に開放されることになり、2000年7月に見学コースが設けられました。

 正門から入って左手に向かうと、まず第一赤道儀室と呼ばれる古色蒼然たるドームが見えました。1921(大正10)年に建設された構内で最古の建物だそうです(下の写真)。

第一赤道儀室の中にはツアイス製の20cm屈折望遠鏡が設置されており、主として太陽黒点のスケッチ観測などが行われてきました。「赤道儀」とは、地球の回転軸に望遠鏡架台の軸を平行に合わせておく方式で、日周運動に合わせ星の動きを追うことができます。従って観測したい天体を常に望遠鏡の視野に捉えておくことができるわけです。

東京天文台

 三鷹市の他の地域はその間に農村から近代的な都会に変りましたが、東京天文台の広大な構内の大部分は1924年の開所当時の姿をそのまま現在にまでとどめて武蔵野の森や雑木林が残っています。

私どもが東京天文台に行った数日前に、東京地方に珍しく雪が降りました。天文台裏の森に足を踏み入れると、日が当たらない部分にはまだ少し雪が残っていて、あたりがほの暗い中で白く光っていました。

東京天文台


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(2014/12/30(火) 07:27)

 高幡不動尊 (3)
高幡不動尊 高幡不動尊山門前の石段下には、奥殿という朱塗りの大きなお堂があります。奥殿の中には、高幡山の金看板である丈六不動三尊像(重要文化財)が収められており、古来戦国武将や庶民の信仰の対象になってきました。

丈六不動三尊像は、今回千年ぶりの修復を終え、この奥殿に帰ってこられました。

高幡不動尊 奥殿内の丈六不動三尊像は撮影禁止でしたが、五重塔地下の休憩所にその大きな写真があったので、それを撮影して左に掲載しました。

奥殿の丈六不動三尊像は巨大な黒い炎の光背を付けていましたが、休憩所に掲示されていた写真は修復のためにその光背をはずした状態で撮影をしたもののようです。

高幡不動尊 宝輪閣と奥殿の間に、不動堂というお堂があります。これは、14世紀に慈覚大師円仁が東関鎮護の霊場として建立したというお堂で、東京都最古の文化財建造物として重要文化財に指定されています。

お堂の中には、丈六不動三尊の修復作業の際、その身代わりとして創られた新丈六不動三尊が安置されています。

高幡不動尊境内五重塔の西側に、大師堂というお堂があります。
古くからあった大師堂が老朽化したので新しい建物が建築中でしたが、2011年夏にようやく完工しました。

真言宗の大きな寺にはたいてい大師堂がありますが、真言宗の大師堂とはもともと開祖弘法大師の住居を意味する建物だそうです。

高幡不動尊  元新選組副長土方歳三は、明治2年に函館五稜郭攻防戦で戦死しました。土方は日野の出身だったので、その位牌は当寺に納められています。

平成7年には、当地の有志により土方歳三の銅像が当寺の五重塔の下に立てられました。鉢巻をして二刀をさした土方の姿が、仁王門のかなたの空を見つめていました。

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(2014/12/28(日) 06:42)

 世田谷ボロ市 (3)
世田谷ボロ市 広いボロ市の中で方々の商品を見て歩くには、エネルギーが必要です。このあたりにはもともと飲食店がかなりあるのですが、お客の数が多いので、当日は野外の飲食店が多数オープンします。

腹が減っては戦はできないというわけで、まずは道路端に置かれた机で腹ごしらえをする方がたくさんいました。

世田谷ボロ市 お客のほうが腹ごしらえをするなら、ボロ市に出店している露店の店主たちもなにか食べないといけません。

ボロ市は2日間ですが、その間に雨にやられる恐れもあります。好天の間に一品でも多く売ろうと、店主もお客の応対をしながら近くに売っている焼きそばなどをあわただしくお腹に入れます。

来年の大河ドラマ ボロ市は、江戸時代に古着やぼろなどを売買する市が立ったのがルーツだそうです。それ以来、現在に至るまで和服、襦袢、帯止めなどの和装品が多く売買されています。

骨董などが多いボロ市の中で、色鮮やかな長襦袢のコーナーがありました。女性客が足を止め、長襦袢の手触りを確かめていました。

世田谷ボロ市 多数の客が行き交う道路端の店先で、艶然と微笑む女性の肖像画を見つけました。
アメリカ女優マリリン・モンローの大きな金縁の額です。
現在でも熱烈なファンが多いマリリン・モンローですが、この額の元の持ち主はどのような人だったのでしょうか。
長年愛蔵してきたモンローの額を手放すにはなにか事情があったのでしょうか。


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(2014/12/27(土) 06:47)

 水天宮 (2)
水天宮 本殿の左側には、安産のご利益あらたかといわれる「子宝いぬ」があります。私が昔飼っていた犬が、知らない間にたくさん子犬を産んでいて驚いたことがありましたが、確かに犬は安産のようです。

参拝者が次々に安産を祈ってこの像の頭を撫でていきます。犬の頭の部分が擦れてブロンズの地肌が出ていました。

水天宮 無事安産となった後、お礼参り、七五三参りにまたここを訪れる人も多いようです。

写真の赤ちゃんは、初参りかと思います。うららかな陽気で眠っているのでしょうか、乳母車から転落しそうでした。

毎月「戌の日」が2日あるいは3日ありますが、それらの日は特にご利益があるとされ、参拝者が非常に多いそうです。

来年の大河ドラマ 境内には「安産祈願の河童像」というのもありました。
頭に平らなお皿をのせた可愛らしい河童です。この河童像をよく見ると、河童の赤ちゃんを胸に抱いているようです。

また、河童の幼児と思われるのが、お母さん河童の肩に乗っていました。この神社は水難除けの神社でもあるので河童と縁があるのでしょうか。

水天宮 水の神様ということで、境内に「中央辨財天」という社がありました。日本橋七福神の辨財天になっているそうです。

辨財天はインドの河川の神様がルーツだそうで、日本ではもともと「辨才天」と書いて水の神様、音楽の神様弁天様として信仰されてきました。その後、「辨財天」と書かれて商売の神様にもなりました。


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(2014/12/25(木) 06:30)

 X’mas in 渋谷
X’mas in 渋谷 私どもの最寄駅の駅前では、毎年きれいなイルミネーションつきの大きなクリスマスツリーを立てます。

11月末、駅を出たところ、ちょうどその木をクレーンで立てて、クレーンの上から盛んに飾りつけをしていました。

飾りつけがある程度進行すると、豆電球を点灯し、少し離れて見ていろいろと調整します。

X’mas in 渋谷 ツリーの飾りつけはやがて終了し、日が暮れると電球が点灯されてツリーが夜空に鮮やかに浮かび上がりました。
クリスマスツリーの見事な光の演出が、聖夜の街を鮮やかに彩ります。
一日の仕事を終えて地下鉄でこの駅に着き、階段を上がって地上に出ると、ツリーのイルミネーションが「お帰りなさい」とお迎えをしてくれます。

X’mas 明るい話題の少なかった今年ですが、それでもクリスマスから年末にかけてのこの時期は一年の最後のかき入れどきということで、盛り場の商店はどこも活気付きます。
東京・渋谷界隈のこの店では、キティちゃん人形やどらえもんを山と積み上げ、サンタの服を着た店主が声を枯らして客を呼んでいました。招き猫の手も借りたいくらいでしょう。

X’mas in 渋谷 ケーキ屋さんも、クリスマスは年に一度の大量販売の商機です。しかし、クリスマスケーキは、短期期間限定とあってリスクの高い商品でもあります。売れ残ったら、つぶして他のケーキの原材料にするほかないのです。
イブの夕方、ケーキ店の店先で若いツーショットのサンタさんが声を張り上げて道行く人に呼びかけていました。


X’mas in 渋谷  イブの夜、私が仕事を終えて家に帰るとき、渋谷身動きもつかない大賑わいでした。

若者だけではなく、私どもでも、このクリスマスのシーズンになると心が浮き立ちます。

若者の街渋谷のシンボル、ファッションビル「渋谷109」の壁に、"X'MAS DREAMS" の文字が大きくディスプレイされていました。

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(2014/12/24(水) 07:07)

 世田谷ボロ市 (2)
世田谷ボロ市 左の写真の骨董店では、仏像やら陶器などを並べて声をからしてお客に呼びかけていました。商売物の花瓶の中に、ほころび始めた蝋梅の枝をさし、仏像などの骨董品に並べておいてありました。

ボロ市は、これから宵にかけ、仕事帰りのお客様が東急世田谷線を使って多数集まってきて、大変な賑わいとなります。

世田谷ボロ市 ボロ市通りに入ってすぐの店に、大きなライオンの剥製が置いてありました。大きな口をあけて、鋭い牙をむき出しています。だれか、これを買ってくれるお客さんはいるでしょうか。

ローマ・ヴァティカンの中庭には大きなライオン像の口に手を入れて真実をためす 《真実の口》 というのがあったのを思い出しました。

世田谷ボロ市" 上の写真が百獣の王ライオンの剥製なら、左は戦争の天才ナポレオンが着ていた軍服でしょうか。

この軍服の出所も不明ですが、これを買ってくれる可能性のあるお客さんがいるかどうかもわかりません。劇団とか映画撮影などの関係者が、衣裳として使うために買って行くのかもしれません。

世田谷ボロ市 狸とかガマの置物も方々で見かけました。このガマの置物は、色といい姿といいなかなかの出来栄えで、背中には子ガマを二匹載せています。落語 《ガマの油》 で有名な筑波山のガマなのでしょうか。

でも、店主は刀で「一枚の紙が二枚、二枚が四枚、・・・」とやるパフォーマンスは見せてくれませんでした。

世田谷ボロ市 ボロ市通り北端の交差点で、托鉢僧が一人身じろぎもせず立っていました。 喜捨を受ける小さな鉢を手に持ち、托鉢笠をかぶって笠ひもをあごの下で締めています。この托鉢僧は毎年見かけますが、たぶん同じ人だと思います。

お布施をもらうとチリンと鈴を鳴らし、しっかりした声でしばらく経文を唱えていました。

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(2014/12/22(月) 07:15)

 高幡不動尊 (2)
高幡不動尊 高幡不動尊境内の西端山際に長い石段があり、その周囲は高い木々がうっそうと生い茂っています。

その石段の上に、山門と呼ばれる時代のついた小さな四脚門があります(左の写真)。

このあたりは毎年春には桜が山門にかかるように見事に咲くので、カメラファンが多数撮影にくるそうです。

高幡不動尊石段の左側に、大観音像と呼ばれる石造りの大きな仏像があります。平成2年に建立されたもので、その高さは21尺(約7m)もあるということです。

観音さまは、木立の間から石段を登る私どもを見下ろすように顔をのぞかしていました。

春のころには、観音さまは桜の花をバックに立っていらっしゃることでしょう。

来年の大河ドラマ 石段を登って山門を入ると、その奥に大日堂という風格のある大きなお堂があります。
大日堂は高幡山の総本堂となっており、その内部には、平安時代に制作された大日如来像など貴重な仏像が安置されているということです。

大日堂は江戸時代に焼失しましたが、昭和50年代に鎌倉時代の様式で再建されました。

高幡不動尊 私どもが高幡不動尊に行ったのは11月中ごろでしたが、境内ではちょうど菊の花の展示会が行われていました。

当寺は真言宗智山派別格本山という高い格式をもち、古来文人墨客が多く訪れています。境内には歌碑・句碑が多く、山門の近くに新興俳句で有名な俳人山口誓子の句碑がありました。


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(2014/12/21(日) 10:58)

 クリスマス・イルミネーション
 クリスマスが近づき、東京の方々で街が華やかに装うようになりました。今年は、きらびやかなイルミネーションを利用することで、これまでにない鮮烈な演出効果をねらった飾りつけが多いようです。

illumination12 都心のイルミネーションを撮影しようと、夕方我が家を出て渋谷まできたところ、ハチ公広場に鮮やかなブルーの大きなクリスマスツリーが立っているのを見つけました。

ツリーの周りにはハート型のイルミネーションがたくさんワイヤで吊られていて、いかにも若者の街渋谷らしい派手派手の演出でした。

illumination12新宿では方々でクリスマスの飾りつけがされていますが、友達から「新宿高島屋の前のイルミネーションがすごいよ」と聞いていたので、まっすぐそちらに行きました。

デパートの前に100メートル以上にわたり、さまざまなイルミネーションが設置されてありました。左の写真は巨大なお城の形のイルミネーションです。

illumination12 地下鉄六本木駅の近く、総合文化センター六本木ヒルズの中に入ると、大きな木の幹や枝にびっしりとLEDランプが貼り付けられており、木全体が発光しているように夜闇の中に浮き上がっていました。

その光る木立のはるか向こうに、東京タワーがやはりクリスマスの装いで赤々と灯っているのが見えました。

illumination12 六本木ヒルズの周りでは、道路の並木に白色LEDランプが無数に付けされ、遠くから見ると並木に雪が積もったように白くきらめいていました。

それらと同じ白色LEDランプが、六本木ヒルズの中にある高さ20メートルの巨大な冬木に飾られていました。大樹が霧氷が付いたように銀色に輝いて立っていました。

illumination12 この六本木ヒルズのイルミネーションは内外の著名イルミネーション作家に依頼して作成されたとのことです。

それらの中で今回最もスケールが大きかったのが、左の写真の巨大クリスマスツリーです。円錐状の大きな本体は多数のLEDランプで構成されており、3分ぐらいの間隔で次々に色合いを変えて行きます。

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(2014/12/19(金) 06:27)

 水天宮
 中央区・半蔵門線水天宮前駅の近くに、安産の神様として有名な水天宮があります。この神社は、江戸時代に有馬藩の殿様が領地久留米水天宮の御分社を藩邸内に建てたのが始まりとされます。

水天宮 水天宮は、もともとは名前のとおり水の神様でしたが、やがて安産の御利益が口コミで広まり、現在では 「なさけありまの水天宮」 として、安産、子授け、水難除け、渡航安全の神様となっています。

昔はこのあたり一帯が水天宮の境内だったそうですが、現在は神社は人形町の街中で高層ビルに囲まれています。

水天宮現在では、この水天宮は東京の安産の神様ピカイチの人気を誇るようになり、女性たちの信仰を集めています。

神社は人形町のかなり高い丘の上にあります。身重の女性が多く参拝することから、左の写真のように、神社石段の下のフロアからエレベーターで上がって本殿に行けるようになっています。

水天宮 大石段を上ったところに、銅板張りの大鳥居があります。現在の権現造りの社殿は、旧社殿が関東大震災で焼失したのち昭和42年に再建されたものだそうです。

水天宮の本尊は天御中主神という天地の最初に出現した神様だそうですが、壇ノ浦で入水した幼帝安徳天皇と二位の尼も祀っているとのことです。

水天宮 大鳥居をくぐったところに一対の大きな狛犬が置かれています。犬は昔から安産で多数の仔犬を生むとされ、安産の神様を祀る神社には犬の像などがよく置かれています。

このあたりは東京の金融街に近いところです。本殿前の広場から辺りを見回すと、写真のように神社は高層ビルに囲まれているのがわかりました。

水天宮 本殿前の広場でしばらく見ていると、身重の女性たちが拝殿でお賽銭を献じては大きなしめ縄の下で安産を祈っていらっしゃいました。

無事お産を済ませたお礼に、乳母車に赤ちゃんをのせて参拝をする方もたくさんいました。乳母車の上でがらんがらんと鈴を鳴らして神様に赤ちゃんを見てもらっていました。

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(2014/12/18(木) 06:22)

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