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 ボストン交響楽団
 ボストンで宿泊するホテルの周辺の地図を調べていると、ホテルのすぐ近くに名門オーケストラ ボストン交響楽団の本拠地ボストン・シンフォニーホールがあるのに気がつきました。

ボストンに到着した翌朝、時差の影響で早く目が覚めたので、夜が明けるころホテルの外に出てシンフォニーホールに歩いて行きました。

ボストン交響楽団は、1881年に創立された後、歴代の優れた音楽監督のもと着実に声価を高め、現在ではアメリカを代表するオーケストラの一つとなりました。

・シンフォニーホール

 ボストン・シンフォニーホールの横に大きな駐車場があり、そのまわりに高い塀がめぐらされていました。

その塀に何人かの指揮者がオーケストラを指揮する様子が描かれていました。ボストン交響楽団の歴代の音楽監督を記念する壁画でしょうか。

1973年からは小澤征爾さんがボストン交響楽団の音楽監督に就任しました。小澤さんの業績はボストン市民はもとより世界中の音楽ファンから賞賛を浴びました。

下の写真左の壁画は、東洋人の風貌とタクトを使わず両手で指揮をする様子から小澤征爾さんを描いたものと思われます。

29年に渡ってボストンの音楽界に尽くしたマエストロ・オザワは、現在でもボストン市民に絶大なる人気があるのです。

・シンフォニーホール

 下の写真の壁画は小澤征爾の後任となったジェームズ・レヴァインの指揮する様子を描いたものと思われます。

ジェームズ・レヴァインはアメリカ中西部オハイオ州生まれで、ピアニストとして出発しましたが、1961年にジュリアード音楽院に入学してからは指揮法を学びました。

その後、メトロポリタン歌劇場の指揮者などを経て、2004年には小澤征爾の後任として、アメリカ人指揮者としては初めてボストン交響楽団の音楽監督に就任しました。2011年に健康上の理由でボストン交響楽団の音楽監督を辞任しました。

・シンフォニーホール

 下の写真の壁画はボストン交響楽団の音楽監督として大きな業績をあげたピエール・モントゥーかと思われます。モントゥーは1875年にフランス・パリで生まれました。

1911年からはディアギレフのロシア・バレエ団で指揮を担当、ストラヴィンスキーの 『春の祭典』、 『ペトルーシュカ』、ラヴェルの 『ダフニスとクロエ』、ドビュッシーの 『遊戯』 など、20世紀の名作バレエ音楽の初演を多数指揮しました。

モントゥーは第一次世界大戦後アメリカにわたり、1919年から1924年までボストン交響楽団の音楽監督を務めました。
ボストン交響楽団は、モントゥーの指導によりフランス系のレパートリーを得意とするようになったそうです。

・シンフォニーホール

・シンフォニーホール シンフォニーホール前の大通りには左の写真のボードが立っていて、"Symphony Hall" と記されてありました。アメリカで「シンフォニーホール」というと、それはアメリカで指折りの名門オーケストラ ボストン交響楽団の本拠地を意味します。
ボストン市民にとってボストン交響楽団は19世紀以来の誇りなのです。



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(2019/11/21(木) 07:02)

 ボストン・シンフォニーホール(2)
 ボストン交響楽団は、1881年に創立された後、歴代の優れた音楽監督のもと着実に声価を高め、現在ではアメリカを代表するオーケストラの一つとなりました。

1973年からは小澤征爾さんがボストン交響楽団の音楽監督に就任しました。小澤さんの業績はボストン市民はもとより世界中の音楽ファンから賞賛を浴びました。

・シンフォニーホール 2004年に小澤さんの後任としてジェイムズ・レヴァインが音楽監督になっています。

シンフォニーホール正面から右側に回ると、シンフォニーホール北側面アーケードにシンフォニーホールで開催中あるいは今後開催予定のコンサートなどのポスターが掲示されています。

コンサート 上の写真は、11月初旬から開催されるボストン交響楽団、指揮ジェームス・レヴァインによるグスタフ・マーラーの交響曲などのコンサートのポスターです。
左の写真は、12月初旬からこのシンフォニーホールで開催されるボストン・ポップス・オーケストラのHoliday Popsというコンサートのポスターです。

・シンフォニーホール ボストン・ポップス・オーケストラは、軽音楽、ポピュラー音楽を専門に幅広い演奏活動をしている交響楽団で、オーケストラのメンバーはボストン交響楽団と同じです。同オーケストラは、特に夏季に開催する野外コンサートで有名です。
左は、11月下旬からここで開催されるコンサートのポスターです。

・シンフォニーホール 指揮ジェームス・レヴァインによるベートーベンのバイオリン協奏曲などのコンサートです。協奏曲でのバイオリン独奏はピンカス・ズッカーマンです。

ボストン交響楽団、ボストン・ポップス・オーケストラは、ともにこのホールを主たる拠点としています。

 上の写真に見られるように、バレーの公演も行っているようです。その際は舞台の手前にオーケストラボックスが設けられ、オーケストラと指揮者はそのボックスに入るのでしょう。

シンフォニーホールの建物は巨大で、特に側面が相当な長さがあるので、近くから撮影することはできません。そこで、建物正面前の大通りの向側にあるマザーチャーチの前まで行ってシンフォニーホール北側面の写真を撮影しました(下の写真)。

このように遠くから側面全体を見ると、この音楽ホールがウィーン楽友協会大ホールやアムステルダム・コンセルトヘボウなど19世紀ヨーロッパの大音楽ホールをモデルとして造られたのがよくわかります。

下の写真で右側にボストン交響楽団を示す赤い垂幕がありますが、そのあたりにシンフォニーホール北側面の出入り口があるようです。

・シンフォニーホール


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(2019/11/11(月) 07:12)

 ソフィア王妃記念美術館 / 中庭
 マドリードにあるソフィア王妃記念美術館でピカソの名画 《ゲルニカ》 その他の作品を鑑賞して、展示室の外側にある廊下に出てきました。

廊下の窓から外を見ると、たくさんの建物が建ちならんでいました。それらの建物に囲まれて、広い中庭があるようです。中庭には高い樹木が生い茂り、みずみずしい新緑が春の陽光に映えていました。

これらの建物はもと大きな病院だったのを改築して美術館にしたとのことで、この中庭も病院で治療中の患者さんたちが適当な運動をする場として使っていたのかもしれません。

ゲルニカ

 上の階から中庭を見下ろすと、中央にオレンジ色に塗装された長い天秤のようなものがあり、風が吹くのにつれてゆっくりと動いているのが見えました。モビールと呼ばれる「動く彫刻」が展示されているようです。

その他にブロンズ像や石像がいくつも置かれてあるのがみえました。さすがにスペインを代表する現代美術館の中庭です。

それら屋外展示作品の間に遊歩道が設けられており、そのところどころにベンチや噴水なども置かれてあるようです。

ソフィア王妃記念美術館 / 中庭

 エレベーターで美術館の1階に降りると、中庭を取り囲むように回廊が設けられていました。そこから中庭に入って、まず中央にあるモビールの下に歩いて行きました。このモビールは、アレクサンダー・カルダーという高名な造形作家の 「カルメン」 という作品だそうです。

モビールの上部はオレンジ色の可動部分となっていますが、その下には裾が広がった形状のブロンズ製の台があり、全体としては 「カルメン」 を連想させる造りといえましょうか。

ソフィア王妃記念美術館 / 中庭

ミロの作品 こちらのブロンズ像は、ジョアン・ミロ作の 「月の鳥」 という作品だそうです。ミロは1893年生まれで、ピカソの12年後輩です。
ミロは鮮やかな色彩を使った明るく力強い絵画で有名ですが、彫刻や陶器も多数制作しました。どこかピカソの「アフリカ風の彫刻」や日本のはにわと似た感覚です。

 中庭の中を一通り散策し、木陰のベンチに腰掛けて休息しました。真夏にはかなり気温の上がるスペインでは、アラブ文化の影響もあり、このようなパティオと呼ばれる中庭が現在でもほうぼうに見られます。

マドリードは日本でいえば盛岡あたりの緯度にあるとのことで、木陰にじっとしていると東京より冷えびえとしてきます。それでも、見上げたイベリアの空の太陽は、東京よりはるかに明るく感じました。

ソフィア王妃記念美術館 / 中庭


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(2019/08/17(土) 06:55)

 ソフィア王妃記念美術館 / ミロ・ダリ
 現在のスペイン国王妃の名を冠したソフィア王妃記念美術館は、マドリードの交通の中心アトーチャ駅の近くにあります。

ソフィア王妃記念美術館は、20世紀以降のスペイン現代美術が展示の中心になっており、とりわけピカソの名画 《ゲルニカ》 を展示しているので有名です。

 シュールレアリストと呼ばれるスペインの画家ミロ、ダリの絵画も、たくさん展示されていました。実はこれらの画家の作品は、私はこれまで他の美術館ではほとんどなにも見たことはありません。

そして、ピカソを含めこれら3人の画家は、すべてスペイン北部カタルーニャ地方の出身なのには驚きました。また、有名なチェリスト・指揮者のパブロ・カザルスもこの地方出身です。

このように特異な天才を輩出する理由が、この地方にはなにかあるのでしょうか。

ミロの作品 ミロは1893年生で、ピカソの12年後輩になります。ダリは1904年生まれで、そのミロよりさらに11年後輩です。
この美術館の展示作品で見る限り、ミロは、左の絵画のように、鮮やかな色彩を駆使して明るく力強い画面を構成しているのが目に付きました。

どこか可愛らしくて、ユーモラスなところもあり、抽象絵画としてはわかりやすいのではないかと思います。日本でもミロのファンは非常に多いようです。

ダリの作品 色彩画家のイメージがあるミロに対し、ダリのほうは大変複雑な内容をもつようです。
ミロよりさらに強力な表現能力を持つ造形作家であると感じました。
ミロより11年後、20世紀になってから生まれたにもかかわらず、優れた具象画も多く残しているようです。

ダリの抽象画のほうも、訴求力が非常に強力で、おもわずその絵の前に立ったまま見入りました。

ダリは、私がこれまでほとんど知らなかった画家ですが、今後この画家の作品を方々の美術館で見たいと思います。

ソフィア王妃記念美術館 当美術館の中心であるサバティーニ館は、18世紀に国王カルロス3世がイタリアの建築家フランチェスコ・サバティーニに命じて設計させた病院を改築したものです。
サバティーニ館の展示室を出ると、天井にアーチのついた長い廊下になっていました。シンプルで静謐さのある造りは、この建物がもとは病院であった名残でしょうか。


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(2019/07/30(火) 06:42)

 ソフィア王妃記念美術館・ピカソ
 マドリードにあるソフィア王妃記念美術館は、なんといってもピカソの名画《ゲルニカ》を展示しているので有名です。

1937年当時のスペインでは、フランコ将軍の率いる右翼勢力と人民戦線が全土にわたり激しい内戦を展開していました。

フランコ将軍側を支援していたヒトラーは、急降下爆撃機隊をスペインに派遣し、スペイン北部バスク地方の古都ゲルニカを徹底的に空爆しました。

当時パリで活動していたピカソは、自分の郷里に近いゲルニカが空爆で完全に破壊されたことを知って激怒し、直ちにゲルニカ空爆をテーマとした大作の制作にかかりました。

一度この《ゲルニカ》を見た人はお分かりでしょうが、この作品は、美術館の壁一面を埋めるようなサイズで、しかもその大画面の隅々まで異常なほどの緊張感に満ちています。

その大作《ゲルニカ》を、ピカソはパリのアトリエで僅か20日あまりで完成させたといわれます。20世紀を代表する天才画家のすさまじい創作力を、まざまざと見る思いがします。

私どもはソフィア王妃記念美術館に朝一番で入館しましたが、この《ゲルニカ》の前が混雑しないうちにゆっくり見ようと《ゲルニカ》が展示されている部屋に急ぎました。

ゲルニカ

《ゲルニカ》は、長い間アメリカ・ニューヨークの近代美術館に展示されてきましたが、スペインの独裁者フランコ将軍の死後、共和政権の強い要望によりスペインに里帰りしました。

私は、ニューヨークの近代美術館でこの名画を2度ほど見たことがありましたが、現在はマドリードの美術館に移ったと聞き、もうこれを見ることはないだろうと思っていました。

それが、今回のスペイン旅行で30年ぶりにまたこの名画の前に立つことができ、心底からうれしく思いました。

パブロ・ピカソは1881年にスペイン南部、地中海沿岸の都市マラガに生まれました。

ソフィア王妃記念美術館 ピカソは18歳のときマドリードの王立美術アカデミーに入学し、古典的様式の絵画の勉強を始めました。

このころは、ピカソは盛んにプラド美術館に通い、ヴェラスケスらの名画を模写して絵画の研究を行いました。

左は《ゲルニカ》の隣の展示室にあったピカソの《青衣の婦人像》です。ピカソ20歳のときの作品で、ピカソの具象画時代を代表する傑作として有名です。

ソフィア王妃記念美術館 1907年、ピカソは《アビニヨンの娘たち》を制作しましたが、このころからアフリカ彫刻の影響を受けキュビスムの傾向が強くなりました。
1910年代に入ると、セザンヌらの影響を受けてキュビスムの研究が進展し、今日私どもが「抽象画」と呼んでいるジャンルの傑作を次々に発表し始めました。
このころ、ピカソは新聞紙や壁紙をキャンバスに直接貼り付けるコラージュ技法を発明しましたが、左の作品にもそのような傾向が見られます。


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(2019/07/22(月) 06:42)

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