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 アムステルダム・ミュージアム広場
 アムステルダム美術館でレンブラント、フェルメールンなどの名画を鑑賞したのち、美術館に隣接する 「ミュージアム広場」 に向かって歩き始めました。

道路の両側には、空をかくすほど高い落葉樹の並木が続いていました。アムステルダムは北緯52.3度にあり、日本の北海道よりはるか北、サハリンの北部くらいの位置です。

その北国アムステルダムにもようやく春が訪れ、高い街路樹の枝には鮮やかな新緑が萌えていました。

ミュージアム広場

 ミュージアム広場の入口のあたりには、アムステルダムでよく見るクラシックな赤レンガの建物が多数建ち並んでいました(下の写真)。

よく見ると、それら建物には同じようなサイズの窓が連なっており、アパートのように思われます。

このような建物では、断熱性も悪く、密閉性もよくなく、アムステルダムの厳しい冬は過ごしにくいでしょう。また、内部の部屋も狭く、生活はあまり快適とは思われません。

それでも、パリ、ロンドンなどヨーロッパの大都市、アメリカの大都市の下町では、このような古いアパートをよく見かけます。日本の大都市ではほとんど考えられないことです。

ミュージアム広場

 アムステルダム美術館付近に広がる住宅地を抜けて、ミュージアム広場という大きな広場の入口に着きました。

この地区には美術館や博物館が多数設置されているので、それらの中央部にあるこの広場に 「ミュージアム広場」 の名がつけられました。

ミュージアム広場は、 アムステルダム美術館(王立博物館)の南、ゴッホ美術館の東側に位置します。広場の周辺にはカフェが多数あり、私どもはカフェの日よけ傘の下でコーヒーを飲んで一休みしました。

ミュージアム広場

 そのあたりで歩いてきた方向を振り返ると、アムステルダム美術館の巨大なファサード(正面)がそびえていました(下の写真)。

アムステルダムは大きな川の河口付近を埋め立てて造成された都市で、街中どこも広い空き地がほとんどありません。ミュージアム広場はそのアムステルダムでは最大の広場で、大規模なイベント、祝典などはここで行われることが多いとのことです。

ここには大きなプールがありますが、冬にはそれがアイススケートリンクとなり、若い市民たちで賑わうそうです。

ミュージアム広場


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(2017/07/20(木) 07:35)

 マドリード・スペイン広場 (2)
 スペイン・マドリードの観光名所スペイン広場に着と、その奥に巨大なセルヴァンテスのモニュメントが立っているのが見えました。モニュメントの下には、セルヴァンテスの著書 『ドン・キホーテ』 の登場人物ドン・キホーテと従者サンチョ・パンザの銅像が置かれてありました。

大劇作家ウィリアム・シェークスピアは1600年に傑作 『ハムレット』 を発表しましたが、セルヴァンテスの 『ドン・キホーテ』 はその4年ほど後に書かれたものです。

スペイン中部ラ・マンチャの小村の領主であったドン・キホーテは、中世騎士物語を夢中になって読みふけったあまり、現実と物語との区別がつかなくなってしまいました。

とうとう意を決して、ドン・キホーテは先祖伝来の破れ甲冑に身を固め、ロシナンテというやせ馬に乗って旅に出ます。

自分の屋敷の雑用をしていたサンチョ・パンザという農夫には、「お前を島の王にしてやろう」 と言い含めてこの旅に従わせました。

ドン・キホーテ

 長い槍を持って遠くに見える巨人(実は風車)を指しているのでしょうか、馬上のやせたドン・キホーテと、ロバに乗った肥ったサンチョ・パンザのコンビがユーモラスです(^_^)。

私どもが行ったときは、広場の花壇には色とりどりのチューリップがちょうど花盛りでした。そのチューリップの花が広がる向こうに、ドン・キホーテとサンチョ・パンザ主従の銅像が立っていました(下の写真)。

私どものような観光客やスペイン各地からのお上りさんと思われる人々が、ドン・キホーテ主従の銅像を盛んに撮影していました。

ドン・キホーテ

 実は、私は小説 『ドン・キホーテ』 をきちんと読んだことがありません。何度か読み始めましたが、正直な話、この小説は読みやすいものではありません。読んでいるうちに、くどい言い回しなどに嫌気がさして途中で投げ出してしまうのです。

『ドン・キホーテ』 は、聖書についで多くの国で翻訳して読まれている小説だとか、過去の文学作品の人気投票一位とかいう話をよく聞きますが、やはり文学作品としての芸術性のほかに現代にまで通ずる普遍的な人間性を描いたのが評価されているのでしょう。

ペイン広場

太陽光発電 セルヴァンテスのモニュメントの最上部には、地球を思わせる石の球があり。その下には数人の人物像が置かれてありました。よく見ると、スカートをはいた女性たちの像のようです。

小説 『ドン・キホーテ』 中にはさまざまな女性が登場しますが、上記の女性像はそれら小説中の女性たちを示すものでしょうか。


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(2017/07/12(水) 06:57)

 アムステルダム美術館
 私どもは、ロンドンを経由してオランダ・アムステルダムに着きました。空港で 「アムステルダムカード」 を購入しましたが、それには公共交通機関が追加料金なしで乗れる交通券が付いてきました。

今朝は、この交通券を使って市内南西部の美術館地区に行こうと思います。ホテル前にあったトラム(市電)停留所で2番という線に乗って、10分ほどで王立博物館(アムステルダム美術館)の前に着きました。

アムステルダム美術館は、1885年に建てられたヨーロッパ初の美術館とのことで、ツインタワーを有する荘重な建築です。

アムステルダム美術館

 しかし、現在この美術館は6年越しの大改修をしていて、フィリップス棟という区画だけが公開されているということです。そのため、この正面からは入場できないとのことでした。

そこで、また市電に乗って一つ前の停留所まで引き返し、その近くに設けられてある仮入口から入場することにしました。

市電の停留所から少し歩くと、アムステルダム美術館の建物が見えてきました。下の写真に見られるように、赤レンガ造りの重厚な建築で、現代の建築に比べて窓が少なくその面積も小さいようです。

アムステルダム美術館

 アムステルダム美術館は、現在は下の写真のアーチ門が仮入口になっているようです。門の両側に現在の展示を知らせるのぼりが立っていましたが、そこにはオランダ語が書かれていて私どもにはよくわかりません。どうやらレンブラントなどの名作の展示をしているようです。

私どもは朝一番でホテルを出てここに来たので、この仮入口のあたりには並んで入場を待っている人はだれもいませんでした。

アムステルダム美術館

 美術館がオープンするまで少し時間があったので、この仮入口のあたりをぶらぶらと歩き回りました。仮入口に入場者の行列がないので、別に美術館の入口で待っている必要はなかったのです。

仮入口内側の鉄柵の近くには、ヴィーナス像かと思われる彫像が置かれていました。鏡を手に取って自分の顔を映している像です。

下の写真で彫像の奥に見えるのは、美術館の外にあるアパートと思われる建物です。その建物も、アムステルダム美術館と同じく赤レンガで造られていました。

アムステルダム美術館

 鉄パイプで造られたアーチの上に植物が這い上がっていました。バラかと思われるのですが、まだ一つも花は咲いていませんでした。イギリスやオランダなどの北国では、普通のバラは東京より2ヶ月ほども咲くのが遅れるそうです。

それでも、この北国にもようやく春が訪れ、新緑が萌え始めたのを見ることができました。

アムステルダム美術館


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(2017/06/18(日) 07:18)

 マドリード・サバティーニ庭園
 マドリード王宮の北側は高い崖になっていますが、その崖下がサバティーニ庭園という広い公園になっています。イタリア出身の建築家フランシスコ ・ サバティーニにちなんで名前が付けられたそうです。

サバティーニ庭園は、マドリード王宮前の道路から10mほども低い位置にあり、道路から石段で下りるようになっています。上の道路に立って見下ろすと、庭園は巨木の緑でおおわれており、その中に大きな池や噴水が設けられているのがわかりました。

サバティニ庭園

 マドリード王宮は、例の顔の長いフェリペ5世という王様の命により、1738年から建設が始まりました。王宮が完成したのち、1764年にカルロス3世という王様が最初に王宮に入居しました、

カルロス3世はもとナポリ王だった人で、イタリアから連れてきた建築家サバティーニに銘じて王宮の装飾など細部を造らせました。

道路から石段を下りて庭園に入ったところに、カルロス3世の銅像が立っていました。この庭園の中に立って王宮の北側を眺めると、王宮中央のドームが高くそびえていて王宮正面から見たときとはイメージがまったく違うのに驚きました。

サバティニ庭園

 サバティーニ庭園の広大な敷地のなかに、池や林、広場などが幾何学的な構成で配置されています。ヴェルサイユ宮殿の池を思わせる長方形の池の周りには、大理石の彫像が多数立てられています。

その池の北側に立ち、南側の崖の上にそびえるマドリード王宮の建物を見上げると、王宮の中央にある大ドームが池の正面延長に位置しているのがわかりました。

サバティニ庭園

 マドリード王宮の建設を始めたフェリペ5世もサバティーニ庭園の建設を命じたカルロス3世も、ともにフランスのブルボン王家の血筋を引いているとのことです。従って、マドリード王宮もサバティーニ庭園も、ヴェルサイユ宮殿を大いに意識して建設されたのは当然でしょう。

サバティーニ庭園は、典型的なフランス式整形庭園の造りで、池、道路、植栽などが完璧な対称構造になっています。庭園内の木々も下の写真のようにきちんと刈り込まれていて、低い植栽も幾何学的な配置で仕上げられています。

サバティニ庭園


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(2017/06/06(火) 07:40)

 マドリード・オリエンテ広場
 スペイン・マドリードの中央にある王宮前には、オリエンテ広場という大きな広場があります。この広場は王宮の東側に位置することから、オリエンテ(東)広場と名づけられたそうです。

現在のオリエンテ広場は1941年に設計されたもので、広場の両端には下の写真のように美しい自然林が置かれています。それらの内側には、フランス式整形庭園を思わせる庭園があり、そこには多数の白大理石で造られたスペイン王たちの彫像が配されています。

オリエンテ広場

 オリエンテ広場に入り、方々歩き回って見ていると、ギターの音色が聞えました。その方向に行ってみると、若いギタリストが黒い箱の上に座ってギターを奏でていました。

その箱にはアンプとスピーカーが入っているようで、その音をバックにしてギターを演奏しているようです。このような 「カラオケ」 方式は、その後ヨーロッパ各地で若いストリート・ミュージシャンたちが利用しているのを目にしました。

やはり、ギター、マンドリン、バイオリンなどの楽器では、雑踏の中や屋外では音量が不足するので、こういう方法をとっているのでしょう。

オリエンテ広場

 このギタリストの演奏をしばらく聴いていると、相当な腕前であるのがわかったので、近寄って財布のコインを探しはじめました。すると、ギタリストは開けておいた自分のギターケースが風で閉まっているのに気がつき、それを開けてこちらを見ました(^_^)。

そこで、私はそのケースの中にお金を入れて、スペインの作曲家ロドリーゴの名曲 《アランフェス協奏曲》 をリクエストしました。

オリエンテ広場 左の写真は、オリエンテ広場にあった無名戦士碑です。碑裏の説明がスペイン語でわかりませんでしたが、1936年から始まったスペイン内戦の死者を弔うものかと思います。

戦争はどれも悲惨ですが、同じ民族が血を流し合う大規模な内戦は特にすさまじいものです。

アメリカ人作家アーネスト・ヘミングウェイは義勇兵としてスペイン内戦の人民戦線側に参加しました。

 スペイン内戦では、やがてドイツ、イタリアの支援を受けた右翼側が優勢となり、ついに1939年に首都マドリードが陥落してスペインにフランコ将軍の独裁政権が誕生しました。

ヘミングウェイは、パリに帰って国際義勇軍の経験をもとに長編小説 『誰がために鐘は鳴る』 を執筆し、1940年に発表しました。

この地区には、マドリード王宮のほかにオペラ座、セルバンテスのモニュメントがあるスペイン広場などマドリードの観光名所が多数集中しています。観光客を乗せた赤い大型観光バスが、オリエンテ広場の横の道路を曲がってスペイン広場の方向に走って行きました。

オリエンテ広場


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(2017/05/25(木) 06:54)

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