梅の花憩いのとききく日記・ブログ
人気ランキング
  >> ホーム
  >> RSS1.0
プロフィール

yuttari7

Author:yuttari7
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

 下田 ・ 恵比寿島
 私どもは、伊豆・下田市の南東、黒潮に突き出すように伸びている須崎半島の民宿に向かいました。伊豆急下田駅前からバスに乗り、20分ほどで須崎のバス停に着きました。

民宿のあるあたりの海は須崎湾という小さな湾になっており、そこに漁港があります。漁港の南側に恵比寿島という小島があり、小さな橋がかかっていて渡れるようになっていました。

下田須崎

 島の中央部は小高い丘になっており、その一帯は海辺でよく見る樹木が茂った静かな森が広がっていました。森の中心には、恵比寿神社という古い神社があるそうです。

森の中を歩くと、相模灘を見渡す高い崖の上に出ました。離れたところに横に長く見える陸地は、須崎湾の対岸、下田の南部でしょうか。

須崎湾には、朝の漁にでかける小さな漁船がいくつも沖の相模灘に向かって進んでいました。漁船のエンジン音が波静かな須崎湾を伝わって、こちらに聞こえてきました。

下田須崎

 静かな海岸をしばらく歩いていると、大きな灰色の岩になにか文字が刻んであるのを見つけました。近寄ると、漂泊の歌人として有名な若山牧水の歌碑のようです。

歌碑には

    友が守る灯台は

      あはれわだなかの

        蟹めく岩に白く立ち居り

と刻まれてありました。

牧水は友人が灯台守をしていた神子元島灯台を訪れ、しばらく滞在したことがありました。のちに、この恵比寿島に来て神子元島を海のかなたに遠望し、この短歌を詠んだということです。

下田須崎

  須崎湾をのぞむ崖の下には、写真のような岩場が海岸まで広がっています。 「千畳敷」 とよばれる場所で、波が削った浅瀬がその後の隆起によって海面上に姿を現した 「波食台」 の地形だそうです。

眼下の岩畳の間には、岩海苔でしょうか早くも瑞々しい緑の海草が萌えはじめ、早春の気配が感じられました。その千畳敷の突端で、竿掛けに釣竿をセットして海釣りをしている人が見えました。

下田須崎


国内旅行 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2017/05/13(土) 06:43)

 下田 ・ 須崎半島
 東伊豆河津町で満開の河津桜を楽しんだ後、伊豆急河津駅から伊豆急の終点下田に向かいました。伊豆半島南端の下田は昔から東海岸の温暖な保養地として有名で、文学作品にも多く登場しています。

伊豆急下田駅に着き、外に出ると、駅前の広場に大きな黒船のモデルが置かれてありました(下の写真)。

幕末の1853年、当時黒船と呼ばれたアメリカ海軍艦隊が三浦半島の浦賀沖に来航しました。その一年後、アメリカ艦隊はこの下田に来港し、やがて下田と函館がアメリカ合衆国に対して開港されました。

そのアメリカ艦隊来港を記念して、下田では毎年5月に 「下田黒船祭」 が開催されています。

下田

 今回は、私どもは、下田市の南東、黒潮に突き出すように伸びている須崎半島の民宿に宿泊することにしました。私どもはこれまで方々に旅行していますが、その経験から、おいしいものを食べるなら漁師が経営している海辺の民宿が一番だと思っています。

下田駅前からバスに乗り、20分ほどで須崎のバス停に着きました。亀屋という民宿に電話したところ、民宿の主人が車で迎えに来てくれました。宿で少し落ち着いてから、ぶらりと外に散策に出ました。

民宿のあるあたりの海は小さな湾になっており、そこに漁港があります。湾内は、下の写真のように岩が入り組んだ地形になっており、夕闇迫る中ですがなかなかの景観のように思われました。

下田

 民宿は海に面した20mほどの高台にあり、朝起きて部屋の窓を開けると須崎の湾内が一目で見渡すことができました。

漁港の南側に恵比寿島という小島があり、写真のように小さな橋がかかっていて渡れるようになっていました。天気は落ち着いていたので、朝御飯を食べてから島に渡ることにしました。

下田

 朝は早く目が覚めたので、まず朝御飯の前に宿の外に出て民宿の窓から見えた須崎漁港のあたりを散歩しました。

このあたりは、下田駅の東側にある須崎半島の南端になります。須崎湾にあるこの須崎漁港が下田南側海域での漁業の基地になっているのでしょう。浜では小さな漁船が今朝の漁の準備をしていました。

まだ朝日が昇り始めたばかりの須崎湾内には、下の写真に見られるようにいたるところに小さな岩礁があり、それらに伊豆最南端の波がゆるやかに当たっていました。

下田

 昔は下田や須崎の港ではイカやカツオ・カジキなどの 「突きん棒漁」 が主体でしたが、近年は深い所にいるキンメダイやムツなどの漁が盛んに行われています。最近では、下田はキンメダイの漁獲高は日本一を誇っているそうです。

須崎湾の中には、上の写真のように波浪に浸食されてさまざまな形状になった岩がほうぼうに立っていました。このあたりの岩は、宮城県の松島と同じく柔らかい石灰岩の系統が多いということです。

下田


国内旅行 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2017/04/29(土) 07:09)

 河津桜祭り (3)
 数年前の2月下旬、南伊豆河津町と下田を訪ねる小旅行をしました。伊豆急河津町に着き、修善寺行きの路線バスで旧天城トンネルに行き、その周辺を歩きました。

そこからまた路線バスで河津桜の本場である河津川下流の方向に戻りました。路線バスの運転手さんに教えられて、河津駅の手前のバス停で降りて河津川の堤防に連なる満開の河津桜を鑑賞しました。

河津桜は、例年2月初旬から咲き始めるので、温暖なこの地域では菜の花と花期が重なります。河津川の堤防には菜の花の種がまかれているので、下の写真のように河津桜と菜の花が同時に見られます。

河津桜まつり

 河津川も、この河口の近くまで下ってくると川の流れが緩やかになり、流れの両側に広い河原ができています。その河原のところどころにに、下の写真のように、赤い床几が置いてありました。

その河原の床几に若い女性が腰を掛け、その前で連れの男性が岸辺の河津桜をバックに写真を撮っていました。

まだ2月末のことで石や砂礫がごろごろしている河原にはまだ草も生えていませんでしたが、早咲きの河津桜のおかげで観光客の皆さんはもう春の息吹きを感じているようでした。

河津桜まつり

 河津桜は、本州ではもっとも開花が早い桜とされますが、その花が楽しめる花期が普通の桜より長いという特徴もあります。

河津桜は、ソメイヨシノのように樹全体がいっせいに開花してその後またいっせいに散るというのではなく、開花後も次々につぼみができてそれらがまた花になるためだそうです。

花期が長いおかげで、ここで開催される 「河津桜祭り」 は一ヶ月間という長い期間にわたって多数のお客様をひきつけることができるのでしょう。地元にとっては河津桜さまさまですね。

河津桜まつり

 河津川の下流から河口付近まで、川沿いの約4kmにわたって桜並木が続きます。開花時には、川の堤防にはピンク色の河津桜とその下の黄色い菜の花とが見通す限り連なって華やかな景観になります。

河津川には9つの橋が架かっていますが、なかでも 「かわづいでゆ橋」 から 「豊泉(ほうせん)橋」 までの区間は、堤防の上に整備された遊歩道で桜を愛でる人々でにぎわいます。

河津川の河口に近い 「館(やかた)橋」 あたりからは、大海原をバックにした桜並木の景観が楽しめるということです。

河津桜まつり

河津桜まつり 河津桜を楽しみながら、河津川の堤防の上を1時間ほど歩き、河津川の川口の近くまできました。
桜まつり期間中は、メイン会場や町内の施設でさまざまなイベントが開催されます。約150軒の出店が並び、地場産品の購入や地元の名物料理などが食べられるコーナーもあり、観光客の皆さんで大いににぎわいます。


国内旅行 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2017/04/07(金) 09:45)

 河津桜は満開
 数年前の2月下旬、南伊豆の河津町と下田を訪ねる小旅行をしました。伊豆急河津町に着き、修善寺行きの路線バスに乗って北に向かい、やがて旧天城トンネルの少し上方にあるバス停に着きました。

その後、渓流沿いの道を歩いて旧天城トンネルに行き、そこを下流の方向に抜けました。そこからまた路線バスで河津桜の本場である河津川下流の方向に戻りました。

下流の温泉地湯ヶ野まで降りてくると河津川は川幅がやや広くなり、その流れをバックに川岸に河津桜がたくさん咲いていました。

河津桜

 河津桜は、この河津町の近くで、大島桜とカンヒザクラ系との自然交配で発生したとされます。カンヒザクラは名前の通り花が緋色の早咲き桜、大島桜は花のサイズがやや大きい桜で、それらの交配の結果、河津桜は花の色が濃いピンクの早咲き桜となりました。

湯ヶ野では、河津川の両岸にちょうど満開になった河津桜がたくさん咲いていました。河津桜は、ソメイヨシノとは違い、花が散ってもそのあとからまたつぼみが出て次々に花を咲かせます。

結果として河津桜は咲き始めると非常に花期が長いことになり、日本各地の観光地で大いに人気を博しています。

河津桜

河津桜 路線バスで河津桜の本場である河津川下流の方向に戻る途中、朝バスで通過した温泉地湯ヶ野でバスを降り、川端康成の『伊豆の踊り子』にも出てくる旅館を見に行きました。
川端さんは、この 「福田屋」 という旅館にたびたび宿泊して著作をしました。当時川端さんが宿泊した部屋がそのまま残っているそうです。

 路線バスは河津川に沿って次第に下流の河津町に近寄っていきます。このあたりまでくると、河津川は川幅が広くなり、水量もだいぶ増えて、川の中の巨石に激流があたって白いしぶきをあげています。

私どもがさきほど通ってきた旧天城トンネルは、天城山中で標高が711メートルの地点にあるそうです。河津川はそのあたりから発し、わずか20㎞ほどの渓谷を流れ落ちて河津町で海に注ぎます。河津川が急流となるのも当然でしょう。

河津桜

 路線バスの運転手さんに教えられて、河津駅まであと3つというバス停で降りて河津川のほうに歩きました。川に近づくと、川の堤防に見通す限りピンクの河津桜が広がっているのが見えました。

河津桜は、遅咲きの梅とほぼ同じ2月半ばから元気に咲き始め、ソメイヨシノより色の濃いピンクの可愛らしい花を樹いっぱいにつけます。

河津桜


国内旅行 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2017/03/06(月) 07:35)

 犬吠埼 ・ 君ヶ浜 (2)
 犬吠埼灯台から北側を見ると、美しい弧を描く海岸が伸びています。それが君ヶ浜で、下の写真のように白砂青松の景勝地です。

この君ヶ浜の海岸一帯は直接太平洋に面しており、浜を少し離れると急に深い海になります。そのためでしょうか、浜辺から沖の方向に流れる 「離岸流」 が多いというので、君ヶ浜では海中に入って遊泳するのは禁止されています。

2011年3月11日に起こった東日本大震災の際には、この君ヶ浜には3m近い津波が押し寄せたということです。

犬吠埼 ・ 君ヶ浜

犬吠埼 ・ 君ヶ浜 古来、犬吠埼は海洋性の穏和な気候と海辺の景観で知られ、多くの文人墨客が訪れています。

犬吠埼や君ヶ浜のあたりには、それら文人の詠んだ俳句の句碑がいくつか置かれています。
左は元東大総長、元文部大臣の有馬朗人さんの句碑で、「鳥白し 春曙の 君が浜」 とありました。

犬吠埼 ・ 君ヶ浜 君ヶ浜では、海岸とそれに隣接する防風林などが君ヶ浜しおさい公園に指定されています。

ここは日本の渚百選にも選ばれた美しい浜辺で、遊泳はできませんが、夏には観光客でにぎわいます。
犬吠埼は、「日本本州で一番早い初日の出」 を見るために、元旦には多数の客が押し寄せます。

犬吠埼 ・ 君ヶ浜 浜辺に広がる防風林の間を抜け キャベツ畑の中を歩いて行くと ..大きなゲートが見えてきました。
ここが銚子電鉄で犬吠埼駅の一つ銚子市内よりの駅である君ヶ浜駅の入口になっています。

左の写真はかなり前に撮影したものですが、現在はゲートは取り壊され、柱だけが残っています。

犬吠埼 ・ 君ヶ浜 君ヶ浜駅は無人駅で、改札はありません。ホームの周りには高いヤシの木が立っていて、なんとなくエクゾティックです。
また銚子電鉄に乗り、少し銚子市の方向に戻ります。銚子電鉄の一日乗車券を買ったので、元を取ろうというわけです(^_^)。
しばらくすると、もと東京の地下鉄で使っていた赤い電車が到着しました。


国内旅行 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2016/11/28(月) 07:34)

次のページ
copyright © 2005 憩いのとき all rights reserved.
Powered by FC2ブログ. / PHPウェブログシステム3 / ネットマニア