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 下田・爪木崎灯台
 この春、伊豆半島の南端下田に旅行し、下田市南東にある須崎湾を望む崖の上の民宿に宿泊しました。

須崎漁港の東3kmのところに爪木崎灯台があり、その周辺南伊豆の代表的な観光コースの一つになっています。

須崎から路線バスに乗り、30分ほど相模灘を望む断崖の上を走行して爪木崎灯台下の駐車場に着きました。

バスを降りて海のほうを見ると、高台が東に伸びて相模灘に向かって落ち込んでいました。この岬の奥に爪木崎灯台があるようです。

下田須崎

 駐車場のある爪木崎公園から岬のほうに向かう遊歩道をゆっくりと登り始めました。当日は残念ながら天候は朝から思わしくなく、ときどきぱらぱらと雨が降ってきました。

10分ほども歩くと、行く手に爪木崎灯台の白い塔が見えてきました。爪木崎灯台は1937年に設置され、以来相模灘から三浦半島沖にかけての海運安全に貢献してきました。

爪木崎灯台は、地上から灯台頭部までの高さは17.32m、海面から灯台の灯火までの高さは37.83mあり、遠く伊豆七島のあたりからも灯火を確認することができます。

同灯台は無人で運用されていますが、灯台の状況は下田海上保安部から常に遠隔監視されているそうです。

下田須崎

 伊豆半島は、もともとが南方の相模灘にあった島が移動して日本列島にぶつかってきたということです。その時期に、この須崎半島は海底から隆起して下の写真のような高い断崖を形成しました。

伊豆下田は温暖の地で、爪木崎公園の一帯は野水仙の群生地として有名です。毎年12月から翌年2月ごろにかけては、このあたりでは約300万本の白い野水仙の花が咲き誇ります。

地元では、毎年年末から翌年2月にかけて 「水仙まつり」 を開催し、多数の観光客を集めています。

下田須崎

 野水仙の白い群落に交じって 「キダチアロエ」 の赤い花が多数咲いています。キダチアロエは海岸地方に多い多肉植物で、食用、薬用としても栽培されているそうです。

海岸の断崖には、下の写真のように厚い岩石の層が何重にも折れ重なっているのが見られます。また、マグマが冷えて固まる際の収縮によってできた 「柱状節理」 という柱が連なったような岩石も多数あります。伊豆半島形成当時のダイナミックな地層の変動が想像できます。

下田須崎


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(2017/07/16(日) 07:28)

 下田 ・ 爪木崎
 伊豆半島南端下田の須崎湾にある恵比寿島という小島にわたり、島内を一周してまた須崎漁港に帰ってきました。

漁港の桟橋に立って陸のほうを見上げると、20m近い断崖の上に私どもが宿泊している民宿の建物が見えました。

このあたりの断崖は複雑に入り組んだ構造になっており、民宿は岩壁の間の狭い平地に立てられているようです。民宿の基礎の部分が岩壁の間に浮かんでいるように見えました。

民宿

 須崎漁港の東3kmのところに爪木崎灯台があり、須崎漁港からそこに至るコースが須崎遊歩道として整備されています。その遊歩道は、海岸、岩場、岩礁など景観が変化に富んでおり、南伊豆の代表的な観光コースの一つになっています。

私どもはその海岸沿いの須崎遊歩道を歩きたかったのですが、当日は天候が朝から不安定だったので、歩くのはあきらめてバスで爪木崎灯台まで行くことにしました。

バスが断崖の上を爪木崎に向かって走り出すと、断崖の下の須崎漁港に赤い灯台が立っているのが見えました。

須崎漁港

 爪木崎灯台に向かって半分ほど行ったところの北側に、「須崎御用邸」 という天皇家の別荘があります。天皇家の皆さんは7月、8月ごろにはこの別荘をよく利用されるそうです。

このあたりは南の相模灘に向かって突き出た半島になっていますが、その西側の海岸には 「俵磯」 と呼ばれる 「柱状節理」 の景観が広がっているということです。

爪木崎

 爪木崎の海は、下の写真に見られるように小さな島々や岩礁が多く、大変変化に富んでいます。海の底の地形も複雑に入り組んでいるため、高いところを走るバスの窓から眺めると、海の色が深い青になったり、紫色を帯びているように見えたりします。

当日は残念ながら天気は芳しくなく、ときおり小雨がバスの窓に吹き付けました。晴天だったらこの景観はさぞ見事だろうと思いました。

爪木崎


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(2017/06/30(金) 06:47)

 マドリード・スペイン広場
 マドリード王宮から北に歩いて、マドリード観光の名所スペイン広場に向かいました。ゆっくり歩いても10分ほどの距離です。

スペイン広場のすぐ手前にサンビセンテ通りという広い大通りがあります。その通りにかかっている陸橋に、下の写真のように藤の花が盛大に咲いているのを見つけました。

確か、私どもが今回の旅行で東京を出るときはまだ八重桜は咲いておらず、もちろん藤の花は咲いていませんでした。

マドリードは、日本でいえば東京よりずっと北方、盛岡あたりの緯度にあるのですが、春の気温は高いのでしょうか。

スペイン広場

 スペイン広場に着いて南側の入口から中に入ると、広場の奥に巨大なセルヴァンテスのモニュメントが立っているのが見えました。
モニュメントの下には、セルヴァンテスの著書 『ドン・キホーテ』 の主人公である田舎貴族ドン・キホーテとその従者サンチョ・パンザの銅像が置かれてありました。

モニュメントの手前には長方形の池が設けられており、その水面にセルヴァンテスのモニュメントが映っていました。

セルヴァンテスのモニュメントのすぐ後には、下の写真のようにスペインビルという高層ビルが壁のようにそそり立っています。このビルの中には、ホテルなどが入っているそうです。

スペイン広場

スペイン広場 モニュメントの中ほどの高さのところには、セルヴァンテスが椅子に座した姿の大きな大理石の彫像がありました(左の写真)。

セルヴァンテスは1547年に生まれ、1616年に没しているので、ほぼシェークスピアと同時代人です。日本では、関が原の合戦の前後で、松尾芭蕉の時代より50年ほど前になります。

 私どもの知っているセルヴァンテスの著書というと、晩年の1605年に書かれた 『ドン・キホーテ』 だけですが、スペインではセルヴァンテスはこのモニュメントが示すようにまさに国民的作家となっています。

そのセルヴァンテスは、 『ドン・キホーテ』 後編を1615年に書き上げたのち、貧困のうちに1616年に没しました。没後400年にあたる2016年には、スペインでは盛大な記念祭が開催されたそうです。

下の写真は、モニュメントの下、池のほとりに置かれていた銅像ですが、これもセルヴァンテスの銅像と思われます。

スペイン広場

 スペイン広場の面積は2.7ヘクタールとのことで、東京ドーム(建築面積)のほぼ半分ほどにあたり、それほど大きくありません。また、広場の中にはセルヴァンテスのモニュメントが立っているだけです。

しかし、マドリッドの目抜き通りグランビアの終点に位置し、王宮にも近いという地の利もあってか、この広場には、私どものような観光客やスペインの修学旅行と思われる子供たちなどがたくさんいました。
皆、このモニュメントを見上げながら広場の中を歩いたり、モニュメントをバックに写真を撮ったりしていました。



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(2017/06/26(月) 07:21)

 下田 ・ 恵比寿島 (3)
 下田で私どもが宿泊した民宿のあるあたりの海は須崎湾という小さな湾になっており、そこに漁港があります。漁港の南側に恵比寿島という小島があり、小さな橋がかかっていて渡れるようになっていました。

恵比寿島に渡って島の南側に行くと、岩礁が黒潮の海とせめぎあっています。太平洋を望む崖の上に立ち、海から吹き上げる潮の香のする強い風が身をかすめる音に耳を傾けました。

サバティニ庭園

 島南端は外洋に面しており、荒天時には波が非常に激しいそうです。そのなぎさ近くに、「エリカの咲く岬」 と刻まれた石碑がありました。
昭和38年に大ヒットした松山恵子さんの歌 「エリカの咲く岬」 を記念したものだそうです。

エリカは、ツツジ科の常緑低木で、冬から春先にかけて荒野で白、ピンクなどの花を元気に咲かせます。西欧ではヒースと呼ばれ、イギリスなどの小説によく登場します。

サバティニ庭園

 島の小高い場所には、須崎恵比寿島指向灯という小さな灯台がありました。島の周りの海には漁船がたくさん見られましたが、この灯台はそれらのために役立っているのでしょう。
指向灯の塔高は13m、海面からの高さは32mで、一般人が塔の頂上まで登ることができるそうです。

そのすぐ近くに恵比寿神社という古い神社があり、このあたりからは古代からの遺物の出土が多く、市の文化財に指定されています。

サバティニ庭園

 このあたりの海域は、きんめだい、 めだい、いか、いせえびなどのよい漁場で、下田市魚市場はきんめだいの産地として全国1位の水揚を誇っているそうです。

岩礁の近くの岩浜で貝を撮っている人がいました。持っていたかごの中をのぞくと、サザエ、あわび、トコブシなどがかなり入っていました。

 恵比寿島


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(2017/06/10(土) 06:51)

 下田 ・ 恵比寿島 (2)
 伊豆急下田駅前からバスに乗り、下田市の南東、須崎半島の民宿に向かいました。下田駅前から20分ほどで須崎のバス停に着き、迎えに来てくれた宿の自動車で民宿に入りました。

民宿の近くにある漁港の南側に恵比寿島という小島があり、小さな橋がかかっていて渡れるようになっていました。

恵比寿島の須崎湾をのぞむ崖の下には、写真のような岩場が広がっています。 「千畳敷」 とよばれる場所で、波が削った浅瀬がその後の隆起によって海面上に姿を現した 「波食台」 の地形だそうです。

下田須崎

 切り立った断崖の下には、白い小さな灯台が立っているのが見えました(上の写真)。このような岩場ですから、須崎湾を行き交う船はこの灯台を頼りに慎重な操縦をするのでしょう。

恵比寿島の南側は外洋に面しており、はるか沖合を大きな貨物船などがゆっくりと航行しているのが見えました。

それらの船のさらに先には、伊豆大島と思われる島の影が昇ってきた朝陽をバックに水平線に浮かんでいました。

眼下の岩畳の間には、岩海苔でしょうか早くも瑞々しい緑の海草が萌えはじめ、早春の気配が感じられました。その千畳敷の突端で、竿掛けに釣竿をセットして海釣りをしている人が見えましたた。

下田須崎

 静かな湾内に漁船のエンジン音が響いてきました。その方向を見ると、小さな漁船が相模灘での漁を終えて須崎湾内に帰ってきたようでした。須崎湾内の大きな波のうねりに隠れるようにして、小さな漁船が須崎漁港を目指して進んでいました。

このあたりの海域は、きんめだい、 めだい、いか、いせえびなどのよい漁場で、下田市魚市場はきんめだいの産地として全国1位の水揚を誇っているそうです。

下田須崎

 恵比寿島の岩場千畳敷に立って漁港の方向を見ると、今朝わたってきた橋の向こうは下の写真のように高さ20mほどの断崖が続き、その上に私どもが宿泊した民宿などが立ち並んでいました。

伊豆半島はもともとが南方の相模灘にあった島が移動して日本列島にぶつかってきたということです。その時期に、この須崎半島は海底から隆起してこのような高い断崖を形成しました。

民宿の下の断崖には、下の写真のように厚い岩石の層が何重にも折れ重なっているのが見られます。伊豆半島形成当時のダイナミックな地層の変動が想像できます。

下田須崎


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(2017/05/29(月) 06:44)

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