FC2ブログ
梅の花世田谷ブログきく日記・ブログ
人気ランキング
  >> ホーム
  >> RSS1.0
プロフィール

yuttari7

Author:yuttari7
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

 軽井沢・白糸の滝
 浅間山鬼押出しの景観を見てから、北軽井沢のペンションで一泊しました。翌朝、ペンションの近くのバス停浅間牧場で路線バスに乗り、軽井沢の水の名所白糸の滝を目指しました。

白糸の滝白糸の滝は、左の地図に見られるように、草津町と軽井沢町の中間にあります。このあたりは浅間山から直線距離で7kmほどで、広大な浅間山麓に降った雨が伏流水となり、滝として地表に現れます。
浅間牧場バス停で路線バスに乗って、20分ほど山道を下って行くと白糸の滝下のバス停に着きました。

白糸の滝 道路の脇には、白糸の滝から出た水が岩をかむような勢いで流れ下っています。この渓流は湯川という川の源流の一つになり、その湯川はやがて千曲川に合流するそうです。
この日は幸い好天に恵まれ、真っ白にあわ立って流れ下る渓流に沿って、上流の白糸の滝に向かってゆっくりと歩きました。

 渓流沿いの山道を冷気を楽しみつつ登っているうちに、次第に水の流れる音が大きくなってきました。

渓流に沿った崖のいたるところから水がほとばしり出て、レースのカーテンのように白く崖を覆いながら下の渓流に流れ落ちています(下の写真)。

太古から繰り返し起こってきた浅間山の噴火のせいでしょうか、水を通さない地層が何層もできて、それらの間の透水層から伏流水が噴き出しているとのことです。

しばらく渓流の岸に立って、風を涼みながら、はじめて見る不思議な水の芸術に見とれていました。

白糸の滝

 山道をさらに登って行くと、急に目の前が大きく開けて陽の光がまぶしく差し込む空間に出ました。
手前には池のように静かな水がたたえられており、その奥にはオペラハウスの舞台のように半円形の黒い岩の崖がめぐらされています(下の写真)。

その崖の最上部からは、さきほどの崖とおなじく白いレースのカーテンのように水の糸が無数にほとばしり出ています。これが軽井沢の名勝の一つ、白糸の滝です。

普通の滝は上流から川が流れてきて滝の断崖から落下するのですが、この滝は透水層から水が噴きだしてくるので、滝の上には草木が生い茂っています。滝の音もそれほど大きくなく、滝というよりは噴水のような趣きがありました。

白糸の滝


国内旅行 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2018/10/15(月) 06:38)

 浅間・鬼押し出し (2)
 浅間鬼押出しの遊歩道は何本かありますが、私どもが歩いた奥の院参道コースは長さ1200m、所要時間は約30分です。

鬼押し出し 遊歩道を少し南側に下がったところに、「炎観音」を祀ったお堂があります。天明の大噴火で亡くなった多数の人々の霊を慰めるためのお堂です。
お堂の奥、溶岩の崖の際に、石造りの炎観音像がありました。私どももお堂の綱を引いて大鈴を鳴らし、200年前に亡くなった人々にお祈りをささげました。

鬼押し出し  お休み処横の小高いところに、大きな鐘をつるした鐘つき堂がありました。やはり、浅間の大噴火の犠牲者を供養するものです。
この鐘は自由につけるとのことなので、私どももお堂に上がって搗かせていただきました。重い鐘の音が溶岩高原に拡がるのに聴き入りました。

鬼押し出し 橋の向こうに、浅間山観音堂が建てられています。このお堂も天明大噴火の犠牲者を供養するものです。
この観音堂は、東京・上野にある寛永寺の浅間別院という位置づけにあるということです。寛永寺にあった聖観世音菩薩が、この観音堂のご本尊としてまつられています。

鬼押し出し 天明当時、浅間火口で鬼が暴れたので岩の塊が押出されたとされました。鬼押出し園の中には、方々に左の写真のような鬼の人形が置かれてあります。
よく見ると、なかなか可愛い顔をしていますね。手に持っている棍棒に「家内安全」と書かれているのが愉快です。

鬼押し出し 鬼押出し園の中を一通り見て外に出たころから、空模様がかなり怪しくなってきました。2500メートルを越える高山は天気の変化が激しいようです。
振り返ると、鬼押出しの上空には黒い雲が立ち込め、そこから竜巻のような黒雲が地面に向かって伸びていました。



国内旅行 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2018/10/13(土) 06:35)

 お神輿 町へ
お神輿 世田谷八幡宮では毎年9月15日ごろの土日に秋の例大祭を開催しています。

日曜日は本祭で、八幡宮の神事のほかに江戸里神楽などが行われます。

また各町会などの神輿が世田谷八幡宮の神主による御祓いを受け、道中の安全を祈った後、自分たちの町に向かって繰り出します。

お神輿各町会の神輿は、神社の大鳥居を出て大勢にかつがれてにぎやかに自分たちの町の方向に練り歩きます。

お祭りとなれば家になんていられない長老たちが先頭に立ち、大声をあげて続く子供たちを励まします。
お神輿のあとには大太鼓を載せた車が続き、祭り笛とともに囃子を合奏します。

お神輿自分たちの町に着くまでに何ヶ所か神輿の一行が休める場所が作ってあります。
そこでかつぎ手たちはお神輿をおろして休息します。
その場所の住人たちがお茶、お菓子などを提供して、お神輿の一行をねぎらいます。近くで見ると、お神輿は細部にいたるまでなかなか見事な作りになっているのがわかりました。

ちょうど子供みこしが町に向かうところに出会いました。小学生以上の大きな子はおみこしを担ぎますが、まだ小さい子はおみこしに結ばれた綱を前で引っ張りながら行進します。

どこの町内でも同じことですが、長老たちが、子供たちに付ききりで指導します。その周りを親御さんたちが囲んで、秋晴れのもと、囃子(はやし)にあわせて皆で大声をあげながら町に向けて出発しました。

お神輿



季節・年中行事 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2018/10/11(木) 07:30)

 種無しぶどう
 秋は美味しい果物がたくさんありますが、私は昔からそれらの中でぶどうが一番好きです。特に、宝石のような紫色をした小粒のぶどう「デラウェア」の濃い味わいを好んできました。

種無しぶどう そのデラウェアは、私どもが子供のころは、つぶの中に種がありました。ぶどうの粒が小さいわりには大きな種が入っていて、一粒食べるごとに種を出すのが面倒だったのを覚えています。
そのうち「種無しぶどう」というのが出回るようになって、安心してぶどうを食べるのに専念できるようになりました。

 実は、私は、つい最近までその 「種無しぶどう」 とはどういうものなのかをよく知りませんでした。

「種無しぶどう」という特殊なぶどうがあるわけではなく、ぶどうの花が咲く時期にホルモン剤を与えることでぶどうの種が無くなるという話は聞いたことがありました。

しかし、ぶどうの畠は広大ですから、動力を使ったスプレーでホルモン剤をぶどうに吹きかけるのかと思っていました。

種無しぶどう 最近になって、たまたま山梨県甲府のぶどう農家が運営しているウェブサイトを目にしました。
そのウェブサイトには、ぶどう作りの基本について、またぶどうの美味しさについて、私ども素人にもわかるようにていねいに書いてありました。特に主力とするデラウェアについて詳しく解説していました。

種無しぶどう 毎年春、デラウェアに花が咲いて花粉が出たころ、花をジベレリンという植物ホルモン(成長調整剤)に浸すそうです。
その処置によってぶどうはその後「無核果」となり、ぶどうの種がなくなります。
そのジベレリン処理は、通常ぶどうの花が満開になる前と満開後の2度にわたって行うそうです。

 ぶどう園は広大で、そこには数え切れないほどのぶどうの房があります。それらを花が咲いた時期にすべてジベレリンに浸すというのは、気が遠くなるような作業でしょう。

しかも、そのジベレリン処理は年に2回も行わなければならないのです。ぶどう農家の皆さんのご苦労は大変なものでしょう。

種無しぶどう ジベレリンにはぶどうの成長を促進する作用もあり、最近では大多数のぶどう農家がジベレリン処理を利用して種なしぶどうを生産しています。
しかし、ジベレリン処理をせず、昔ながらの「種あり」ぶどうを作っている農家もあります。種無しには、ぶどうの本当の甘さと味、香りはないというのです。

 種ありデラウェアは種なしよりも味が濃くて香りもあり、甘さも強いので、ぶどう園で種ありデラウェアを食べた人はみな驚きの声をあげるそうです。

そのわずかに残っている種ありぶどうも、今後農家の方々の高齢化につれて次第に消えて行くのでしょうか。デラウェアぶどうのファンとしては大変残念なことです。


季節・年中行事 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2018/10/09(火) 06:57)

 浅間山・鬼押し出し
鬼押し出し 自動車で西に向かって走ると、行く手に浅間の巨大な山容が見えてきました。
残念ながら山頂は厚い雲でかくれていましたが、2600mの高山なので、雲がかかりやすいそうです。
浅間山は天明3年(1783年)に大噴火を起こし、流れ出た大量の溶岩が岩のかたまりとなって斜面を埋めました。

 浅間山の北の山麓を走る浅間ハイウェイ沿いにある鬼押出し園は、その溶岩原野に造成した観光公園です、

売店で買った冷たいお茶を飲みながら、園内の遊歩道を歩き始めました。園内の遊歩道にもさまざまなコースがありますが、私どもは「奥の院参道コース(1200m)」を歩きました。

見渡すかぎりの溶岩原野の中に、ところどころ赤い神社のような建物が見えました。やはり、浅間山の大噴火以来の歴史を感じます。

鬼押し出し

鬼押し出し 道の両側には、さまざまな奇岩が折り重なるように続いていますが、それらの間からいろいろな植物が健気に顔を出しています。
左は溶岩を割って生えてきた「石割の松」という名の松で、樹齢は約80年にもなっているそうです。このような植物が長い年月をかけ溶岩原野を森林に変えて行くのでしょう。

 天明3年(1783年)の大噴火では、溶岩流と火砕流が発生し、北側に流下しました。それにより、現在の群馬県側に幅3km、長さ12kmの溶岩原野ができました。
当時は、これは浅間火口で鬼が暴れたためとされ、溶岩原野を鬼の押出しと呼びました。

鬼押出しの遊歩道はその溶岩原野に造ったもので、もっとも長いコースは2.7kmもあります。私どもが歩いた奥の院参道コースは長さ1200m、所要時間は約30分です。

鬼押し出し

鬼押し出し 溶岩原野には小さいビルくらいの溶岩のかたまりがごろごろとしており、長い年月の間にそれらからおもわず声をあげるような景観が生まれました。気がつくと、小鳥のさえずりが聞こえません。火山のガスで小鳥が来ないのでしょうか。小鳥がいないせいか、いたるところにバッタが翔びまわっていました。



国内旅行 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2018/10/07(日) 08:00)

次のページ
copyright © 2005 世田谷ブログ all rights reserved.
Powered by FC2ブログ. / PHPウェブログシステム3 / ネットマニア