梅の花憩いのとききく日記・ブログ
人気ランキング
  >> ホーム
  >> RSS1.0
プロフィール

yuttari7

Author:yuttari7
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

 駒沢公園体育館
 駒沢公園中央広場の総合運動場の反対側には、シェル構造(貝殻をいくつかあわせた構造)という特色のある屋根をもつ大きな建物があります。これが駒沢オリンピック公園体育館で、1964年の東京オリンピックではレスリング競技がここで行われました、

その後1993年に大規模な改修が行われて、建物の大きさは1964年東京オリンピック当時の1.7倍に広げられました。

現在ではレスリングの他、バレーボールの全日本インカレ、プロバスケットボールBJリーグ・東京サンレーヴスのホームゲーム、フットサル、ハンドボールなどの競技が行われています。

駒沢公園体育館

 下の写真はこの建物を高い場所から撮影したもので、建物の屋根がいくつもの「シェル」を組み合わせて構成されているのがわかります。これにより、屋根の下に柱の少ない大空間が確保されたのでしょう。

この建物の地下には「東京オリンピックメモリアルギャラリー」が設けられています。1964年の東京オリンピックを中心に、オリンピックに関するさまざまな資料を所蔵する記念館です。

日本女子バレーボールチームや陸上競技でメダリストとなった円谷幸吉など、名選手たちの活躍した場面をパネルで展示し、また、当時のハイライト映像を80インチの大型画面で鑑賞できようになっています。

駒沢公園体育館

 体育館の競技フロアは38.86m×47.4mm2の大きさで、観客席数も1993年の大規模改修で1964年の東京オリンピック当時の2898席から3474席に拡大され、日本を代表する体育館の一つになりました。

この体育館は、30,000~円/半日:1面の低料金でだれでも利用することができます。オプション料金で電光掲示板も利用できるそうです。

駒沢公園体育館

 今回私どもが行ったときは、競技フロアでは男子のレスリングの大会が行われていました。グレコローマンスタイルの試合のようで、マット上にある直径9mの円形リン内で2人の競技者が組み合っていました。

グレコローマンスタイルは3000年以上の歴史があるとされる競技で、競技者は腰から下を攻防に用いることができません。相手の両肩を1秒以上マットにつけたほうが勝者になります。

駒沢公園体育館

駒沢公園体育館 グレコローマンでは下半身を攻防に使えないため、試合は上半身での投げ技中心になります。
フリースタイルのタックルのようなスピーディさはありませんが、グレコローマンの試合もさすが長い歴史を感じて面白いものです。次回東京オリンピックで日本チームがメダルを獲得できるのを期待しましょう。


散策 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2018/07/17(火) 07:04)

 梅雨後半の花々
きょうちくとう 私は旅行・四季の花中心の写真サイト 「花景ギャラリー」 も運営しています。その中から梅雨後半に咲く花々をご紹介します。
きょうちくとうは、葉が竹に似て花が桃に似ているのでこの名がつきました。
園芸品種では花の色はピンク、黄色、白などさまざまで、八重咲きの品種もあります。

ひおおぎすいせん ひおおぎすいせんは高さ70cmほどの草花で、6月ごろから長い茎の先に橙色の小さな花を多数つけます。
地下に球根があり、暖地ではその球根から毎年春に芽を出します。繁殖力は旺盛で、なかば野生化して道端などでも盛んに咲きます。佐賀県では移入規制種として栽培が条例で禁止されているそうです。

ぎぼし ぎぼしは、梅雨後半の時期に白、紫などの花を多数咲かせます。ぎぼしは強い日差しが苦手で、高木の下など半日陰に下向きの花を咲かせます。
花のつぼみや包葉の中の若い花序が寺院建築の擬宝珠に似ていることから「ぎぼし」と呼ばれます。春の大きな若葉はゆでて食用に供します。

むらさきくんしらん むらさきくんしらんは、梅雨どきの暗い庭で鮮やかな色の花を咲かせます。
南アフリカ原産で、日本には明治中期に来ました。
ユリ科の植物だそうで、確かに放射状につきだして咲いている小さな花をよく見るとユリのような形をしています。花の色は紫色が大多数ですが、白花の品種もあります。

ききょう キキョウは山野の日当たりの良い所に育ち、6月ごろから星状の花をつけます。

つぼみの時期は花びら同士がぴたりとつながり、風船のような形状になります。そのため英語では "balloon flower" というそうです。
園芸品種には白色や桃色の花をつけるものや、八重咲きのものもあります。


季節・年中行事 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2018/07/15(日) 06:55)

 駿府城跡
駿府城跡 7月中旬、所用で初めて静岡市を訪れました。泊まったホテルの近くに駿府城址があるのを知り、仕事の後、行ってみました。
徳川家康は、天下平定後の1605年、将軍職を息子の秀忠に譲り、大改築した駿府城に住み着きました。引退したといっても家康は大御所として天下ににらみをきませました。

駿府城跡 泊まったホテルで教わった城址の方向にしばらく歩くと、二宮尊徳の石像を見つけました。
二宮尊徳は江戸時代18世紀末の思想家で、現在の小田原の近くに生まれました。
少年時代は薪を背負いながら本を読んで歩いたとされ、昔はその姿の石像が小学校に立っていました。

 大御所徳川家康の隠居城だった駿府城は、家康没後の1635年に落雷により火災が発生し、天守閣、本丸御殿など大部分が焼失しました。

平成になってから、城郭の一部「巽櫓(たつみやぐら)」と「東御門」が寛永年間の様式で復元されたということです。
近寄ると、城楼はしっかりとした石垣の上に建てられており、その下には幅広い立派なお堀がめぐらされていました。

駿府城跡

駿府城跡 駿府城跡の石垣の外側は、青い水を湛えた中堀がめぐらされています。
平成14年に、この中堀に沿い城跡を周遊する歩道が開設され、「家康公の散歩道」と名づけられました。
「家康公の散歩道」には駿府城の石を活用した縁石、常夜灯、ガス燈などが設けられており、夜も散歩できるそうです。

 その遊歩道の中に「東海道中膝栗毛」の弥次さん喜多さんの銅像が立っていました。江戸時代の滑稽本「東海道中膝栗毛」の作者十返舎一九は、府中(現在の静岡市)で下級武士の子として生まれたそうです。

「東海道中膝栗毛」の作中では、江戸神田の町人弥次郎兵衛は、食客であった喜多八をつれて当時盛んだった伊勢神宮参りのために上方に旅立ちました。
その途中で、この府中(現在の静岡市)に宿泊したという設定になっているということです。この滑稽本は思いもかけずに空前の大ヒットとなり、パート2がつくられたそうです。

駿府城跡


国内旅行 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2018/07/13(金) 07:39)

 大型帆船を見学
大型帆船を見学 私は、白い大きな帆を張る大型帆船が昔から大好きです。
数年前の6月、東京の海の玄関・晴海埠頭で日本、チリ、インドネシアの大型帆船が見学できると知り、晴海埠頭に出かけました。
東京世田谷から晴海埠頭に行くには、JR山手線浜松町駅から海岸に出て水上バスに乗るのが便利です。

大型帆船を見学 浜松町の海岸側の地域は運河が多く、上の写真のように運河の上に高速道路がかかっていました。
JR浜松町駅から10分ほど歩くと、東京港日の出桟橋の乗船口に着きました。
ここから水上バスが東京湾岸各方面に運行しています。また、伊豆七島などに向かう連絡船もここから出ています。

 水上バスは正式には東京都観光汽船水上バスというのだそうです。下の写真に示すフラットな構造のスマートな船体で、東京湾岸各所に渋滞もなく短時間で行くことができます。
日の出桟橋からは、浅草を結ぶ隅田川ライン、お台場海浜公園を結ぶお台場ライン、東京ビッグサイト・パレットタウンを結ぶ東京ビッグサイト・パレットタウンラインが運航されています。
2012年6月からは、浅草と日の出桟橋、お台場を結ぶ「ホタルナライン」も就航し、湾岸クルーズの人気コースになっています。

大型帆船を見学

大型帆船を見学 桟橋に純白のスマートな観光船が停泊していました。東京湾初のレストラン船シンフォニークラシカで、1989年から日の出埠頭を拠点として運航されているということです。
シンフォニークラシカは、1989年に経済産業省の認定するグッドデザイン賞商品デザイン部門に選定されたそうです。

 水上バスに乗り込み、晴海に向かって出航しました。まもなく行く手の海上に巨大な吊り橋がかかっているのが見えました。
レインボーブリッジは、東京都の港区芝浦地区と台場地区(港区台場および江東区有明)を結ぶ吊り橋です。1993年(平成5年)に竣工し、同年8月26日に開通しました。

吊り橋の主要部分は長さが798mもあり、上下2層からなっています。上層には首都高速11号台場線、下層には中央部に新交通システム・ゆりかもめが、その両側に臨港道路海岸青海線が通っています。

日没後にはライトアップが行われ、吊り橋本体とそれを吊るための巨大な2基の主塔が海上に照らし出されます。

大型帆船を見学


散策 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2018/07/11(水) 07:27)

 駒沢公園総合競技場
オリンピック記念塔 1064年東京五輪の球技などが行われた場所に、駒沢オリンピック公園が造られました。
広大な敷地の中に各種グラウンドや体育館などが置かれている総合スポーツ公園です。
公園の高台にある中央広場の北側に、高さ40mのオリンピック記念塔があります。公園の電気・ガス・水道・通信を管理する中枢で、前回の東京オリンピックではここからテレビ画像が送出されました。

 オリンピック記念塔の横には、特色のある屋根をもつ巨大なスタジアムがあります。これが駒沢オリンピック公園総合運動場で、公式陸上競技場とサッカー場をかねています。

このスタジアムは収容人員20,010人のスタンド席を備えており、1964年のオリンピック東京大会ではサッカーの予選会場になりました。クラマー監督に率いられたジャパン・チームが強豪アルゼンチンを降したのが、この駒沢競技場です。

2020年に開催予定の次回東京オリンピックは、東京都臨海部に新たに建設される各種スポーツ施設で大多数の競技が行われます。したがって、現在駒沢公園にある各種スポーツ施設は今後もそのままの形で利用されることになるでしょう。

駒沢公園総合競技場

 駒沢公園総合競技場は、現在は50年以上もの年月を経て施設ははかなり古くなっていますが、なおさまざまな競技・イヴェントに利用されています。
全国高等学校サッカー選手権大会、ラグビー日本選手権大会、Jリーグの試合など、トップレベルの試合が開催されています。

Jリーグの試合が行われているときなどは、スタジアムの外の中央広場にいても盛んな声援が聞こえます。

駒沢公園総合競技場

 駒沢競技場では、ランニングイベントや駒沢ジュニアサッカースクールなど一般向けイベントも頻繁に開催されています。
緑豊かな都心の大公園の中にあり、交通の便もよいということで、駒沢競技場など駒沢公園内のスポーツ施設は非常に人気が高く、年間利用率は90パーセント以上に達するそうです。

陸上トラックは、団体の専用使用や整備日以外の日にはトレーニングルーム利用者に開放されています。

なお、2020年に開催予定の次回東京オリンピックでは、近代5種競技をこの競技場で行う方向で検討中だそうです。

駒沢公園総合競技場


散策 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2018/07/09(月) 06:57)

次のページ
copyright © 2005 憩いのとき all rights reserved.
Powered by FC2ブログ. / PHPウェブログシステム3 / ネットマニア